四百四病の外 9





 翌日、出社した椎原の顔に変化は無い。

 だがしかし、宇治から報告を受けていた工藤は目線を光らせて椎原の動きを観察した後微笑む。

「だから言ったじゃないですか。」

 満面の笑顔な所が怖い。

 椎原は顔を顰める。実は背中が痛いのだ。と言っても少しだし、むしろ嬉しい痛みなのだが。

「ああ、そうだな。だがせっかく情報提供してくれた明菜が貧血を起こして倒れたんだぞ?普通は介抱するだろう。」

 工藤は目を細めて笑う。

「普通はそうでしょう。ですが貴方は普通なのですか?違うでしょう?明菜もその辺をしっかりと理解しているでしょうから貴方が介抱しなくても何の問題もなかった筈。むしろ目を覚まして恐縮していたではありませんか。」

 これが十歳未満のお子様なら、ばーか、と言ってからかう場面なのだが大人は違う。

 笑顔でちくちくと嫌味を言うのだ。

 特に工藤は譲を弟同然に可愛がっており、そんな譲に不快な気持ちにさせた相手には容赦ない。

「まったく。日頃から気をつけるようにとあれほど、あれ程言っているにも関わらず貴方の脳みそは海綿以下ですか。毎日絞っているんですか?情報が水の様に流れていっているのですか?その頭が作動するのは非常事態のみですか。それでも組織の長なのですかねぇ。」

 疑惑の目を向けて溜息を吐く工藤に椎原は反論しそうになるが、しなかった。

 長年の付き合いである。ここで乗っては不利になるのは自分だという事を重々承知していた。

「すまん。」

「すまんで済むなら処理班も尋問班も要らないのですよ。」

 警察、と言わない所が工藤らしいが、警察と言ってくれた方がまだましだと椎原は思った。

 処理班も尋問班も三和会の隠れた組織だが、はっきり言って敵対組織にあったら恐ろしい班である。

 生きて帰る事もあるが、そういった場合死んでいた方が良かったと思う位の人生が待っていたりもする・・・かもしれない。

 椎原がそんな事を思っているとは知らずに工藤は苛立たしげに舌打を打つ。

「珍しいな。」

「・・・譲さんのストーカーの関連がまだ特定できていないのですよ。」

 眉間の深い皺は苛立ち度数と八つ当たり度数を表しているので要注意だ。

「そうか。こちらでも調べさせているから報告は直接お前に上げさせておく。」

「ありがとうございます。」

 目線を逸らさせている事に気付かない程工藤は苛立っているらしい。

 観葉植物の影になっている部分から取り出したのは盗聴器の類。

「これを暫く譲さんに付けてもらっても良いですか?」

 それは周波さえ拾えれば誰にでも聞ける類のもの。

「何処にだ?」

「寝室に。」

 二人は笑みを浮かべて互いを見遣ると悪徳な笑みでもって了承とし、早速木戸に命じて寝室のベッドの下に付けさせる為の指示を出す。

「出歯亀が逆上する程思う存分啼かせてやろうじゃないか。」

 両手を交差させて口元に持っていく椎原に工藤は笑顔で指摘する。

「鼻の下伸びてますよ。」 

 実際は伸びていない。が、こんな軽口を言い合える仲の二人は互いににやり、と表現できる笑みを浮かべてまた、笑いあった。

「失礼しま・・・す。」

 そうして、丁度。タイミングの悪い事に、ノックの後、指示された事を実行する為に現れた木戸は二人の顔をしっかりと見てしまい、浅黒い肌を少し青ざめさせる。

 意外と常識派の木戸は二人の凶悪且つ悪徳な笑みは恐ろしいと感じたようだ。

 これでよくヤクザなんてやっていけると思われるが、椎原と工藤、佐々木程腹に二物、三物抱えて隠し切っている者達も居ないので仕方ないといえば仕方ない・・・・のかもしれない。

「ああ、早いな。早速これを譲さんの寝室に付けておいてくれ。」

「俺の寝室でもあるぞ。」

「私にとっては譲さんの、ですから。」

 笑顔の工藤に椎原は溜息のみだが、木戸は更に顔色を悪くする。

「・・・はい。」

 そこで漸く木戸の顔色が悪い事に気付いた椎原が眉を顰めた。

「どうした木戸。体調が悪いなら今日はそれが終わったら帰っていいぞ。お前は休みが中々無いからな。」

 心優しい上司の言葉に木戸は慌てて首を振る。

「いえ。大丈夫です。お心遣い有難う御座います。」

 寡黙な木戸はこう見えても、誰が見ても30半ばだが、実は20になったばかりの青年であった。

 なので多少腹が据わっていなくても仕方ない・・・かもしれない。

 ちなみに荒川は三和会一の童顔だが、見た目は10代、実年齢は34である。

 譲は年齢不詳、佐々木は年相応だが、工藤と椎原も多少年齢が分かり難い。

 実は年齢が分かり難い人間が多い三和会であった。



 











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