四百四病の外 10





 そうして寝台に付けられた盗聴器に聞かせるという隠れた名目で椎原は寝室で好き勝手にしている。

 譲はそういう時椎原に懸命に付き合おうとする為、犠牲になるのは昼の仕事時間。

 もっとも、譲が顔を出さなくてもスタッフやマネージャー、店長等が皆優秀なので問題は無いのだが。

 ここ一週間ほど譲の起床時間は午後になっている。

「・・・お早う御座います。」

 色疲れで窶れ、其処がまた一層誘う風情を醸し出す譲に宇治は鉄壁を作って接しているのだがかなり危うい。

 多忙の木戸を起床時間には滞在させ何とか乗り切っているが色々な意味で限界が来つつあった。

 秘書としても工藤の部下としても・・・・・何より情を抱く個人として。

 だがそれを顔に出さないのがプロというものである。

「お早う御座います。」 

 起き抜け一番に出すのはホットミルク。蜂蜜はミントを漬けたものなのでさっぱりとした匂いと甘い匂いが混ざっており、譲は思わず嬉しげな笑みを浮かべた。

 ミルクという所が宇治の配慮であることは知っているのでありがとう、いただきますと言ってからゆっくりと飲む。

「朝食は如何されますか?」

「あんまりお腹は空いていないのですが・・・そうですね、パンは何がありますか?」

 この問いにはキッチンに居る木戸が答えた。

「フランスパンとベーグルがあります。・・・ドイツパンは本日定休日でして。」

「ああ、そうですか。今日は水曜日ですからね。」

 笑顔で頷き、ベーグルサンドを頼む。

 手早く作って用意されたベーグルサンドを食べながら宇治が言う日程表と報告を聞く。

「本日はカフェ『ミール』の二号店に関する会議と『ヘファイスティオン』のパーティ枠に関するマネージャーからの相談に乗る予定があります。どちらも午後3時以降となりますので何時ごろ向かいますか?・・・譲さん?」

 いつも真面目に聞く譲にしては珍しく窓の外を眺めている。

 僅かに目を眇めて見つめる先を見ると、同じようなマンションの屋上があった。

 そして。

 何かが動く影が僅かだが見えたのだ。

「譲さんっ、伏せてくださいっ!!!」

 ミラー硝子となっているので見える筈は無いのだが反射的に譲に覆いかぶさって直ぐに携帯に連絡をする。

 最低限を簡潔且つ分かりやすいように。

 直ぐに階下に控えている者達は動いているはずだ。

 木戸は立ったまま目を眇めてビルの下と屋上を観察している。

「譲さん、どんな感じでしたか?」

 一通り電話を掛けてから聞いてきた宇治に譲は眉を僅かに顰めて答えた。

「なんだか・・・一週間位前のカフェで感じた視線に似ている気がしたのですが・・・。」

 視線に敏感な譲が言うことはあまり間違いが無い。

「わかりました。申し訳無いのですが、今日は外出を取りやめます。書斎のテレビ電話で会議には出席していただいても宜しいですか?」

「はい。」

 物分りの良い返事をして譲は上品な仕草で窓から離れて自分用の書斎に向かう。

 ちなみに椎原用と譲用と二つあるのは便宜上と情報上で、譲は絶対に椎原の書斎に入らない。

 ・・・逆はあるが。

 そうして部屋から去った譲が書斎に入る音を確認してから宇治は電話を掛ける。

「どうだ。」

『確保しました。・・・“箱”に連れて行きますか?』

「まて、工藤さんに確認を取る。」

 それだけ言って切り工藤に電話をするとワンコールが鳴り終えると同時に電話が繋がった。

『経過は。』

「確保しました。“箱”の使用許可は出ますか。」

『大丈夫だろう。私の名前出る様にしておくから連れて行け。見える所は痛めつけない様に言っておけよ。』

「分かりました。」

 工藤と宇治の通話は基本的に手短であるので会話はそれだけで失礼しますともなんとも言わずに切る。

 それから指示通りの事を伝えると念のために佐々木にも伝えると含み笑いが帰ってきた。

『おーけー。了解。お疲れさん。』

 ふざけた返事だが佐々木がこの調子なのはいつもの事。

 電話を終えた宇治は『ミール』と『ヘファイスティオン』のマネージャーと店長に連絡事項を伝える為に再び電話のボタンを押した。



 











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