四百四病の外 7





 譲は首を傾げる。

「どうされましたか?」

 此処は夜の蝶々達が飛び交う場所の事務所。

「え?あ、なんでもありません。」

 普通譲はこの店には営業時間前に来るのだが、他の店を回って相談や次の企画等を話し合っている内に遅れてしまいこの時間になってしまったのだった。

「ですが・・・。」

 首を振る譲に店のマネージャーはもう一度聞く。

「なにか、不審なことでもあったのですか?」

 先日の騒動にもしっかりと関わっていた男は譲の身を常に心配してくれる。

 その押しの強い瞳に負けて譲はたいしたことじゃないのですがと言ってから話した。

「この頃視線をよく感じる様になって過敏になっているのかもしれませんが、客席のほうから視線を感じて・・・。」

 着流しの譲が硝子越しに映っても注目されるのはいつもの事。

 譲は言っているのはそんな事では無い。

「近頃感じる視線と似ている、という事でしょうか?」

 躊躇いがちに頷く譲にマネージャーは微笑んで頷く。

「まあ、此処はそういう店ですから同類の視線は感じるでしょうね。今日は事務室と客席の間にある衝立が壊れてしまって修理に出しているので余計に。」

 安堵させるための笑みに譲もつられて微笑み、頷いた。

「そうですよね。」

 そうして30分ほど仕事の話をしてから帰っていく譲を見送るとマネージャーは笑顔を一転させて厳しい顔つきになる。

「なるほど。これは相談するべきだろうな。念のために他の店のマネージャー達にも連絡しておくか。」

 そうは見えないが一応マネージャーは元ヤクザ。足を洗ってるが三和会の者だった。伝手はある為に早速工藤に連絡を取る。

 そうして簡潔且つ、わかりやすい説明を手短に終えると次々と必要最低限連絡をした。

 電話を終えると更に店の売れっ子を一人呼び出して先程工藤から貰った情報を伝える。

 賢いその子は笑顔で頷き、譲をストーカーするという許しがたい男の一人を見つけて営業スマイルを浮かべたのであった。

(オーナーをストーカーするなんて100年早いんだよっ!!!)

 勿論私怨込みである。こういうのは私怨込みの方が感も鋭くなるし、攻撃の手も容赦ないものとなるので彼にはうってつけであった。

 客を横取りされようとしている男の席に侍っている少年は恨みがましい目を向け、手洗いに行くといってマネージャーに文句を言いに行ったが事情を聞くとさりげなく回りに言いふらしながら協力体制に入っていく。

 既に店のアイドルと化している譲を(自分達がしたいくらいなのに出来ない)ストーカーしているという男を許す程少年達は甘く無いのである。

 私怨の籠もった少年達の笑顔は素晴らしく艶めかしいので、鼻の下を伸ばすのは当然の事。

 その先を想像すると恐ろしいが、誰も男に同情しなかった。

 譲はそんな事になっているとは露知らず、自宅に帰って護朗さんのブラッシングを始める。

 宇治は軽い食事にと雑炊を作っている最中で、その光景にとても和みながらゆきひらの中身をかき混ぜていた。

 ちなみに木戸は本日他の用事で出張中の為、護衛は三和会の別の者がしている。

「譲さん、蟹雑炊とホタテの雑炊どちらがいいですか?」

「蟹でお願いします。」

 久しぶりの料理だが、軽食は基本的に宇治が作るため味の好みは熟知しているので全く問題ない。

「はい。」

 蟹缶を出して雑炊の中に入れてから卵を入れる。卵は温泉卵だ。

「できました。」

 言いながらテーブルにセッティングする宇治に譲は微笑んで護朗さんをソファーに置くと椅子に座る。

 そうして手を合わせて熱い雑炊を一口食べてから美味しい、と笑う。

「凄く美味しいです。この温泉卵って難しいのですよね。」

「そうでもないですよ?ですが、料理は任せていただけると嬉しいです。」

 荒川は調理師免許を持っているにも関わらず味音痴だったので、過去、譲は食事するのが大変だったことを宇治は知っている。

 そして木戸と宇治の料理に満足していることも。

 ゆっくりとさじで掬って息を吹きかけ、食べる譲に笑みを浮かべて見守る。

「お漬物も美味しいです。」

「産地直送の野菜と漬物を工藤幹部が届けてくださったのです。」

 譲は嬉しそうに頷いてまた一つ漬物を食べた。

 あっという間に完食した譲を満足げに見てから宇治は食器を洗う。

「工藤さんはいつも美味しいものを届けてくれますね。」

「はい。譲さんがとても喜んでいたと伝えておきます。」

「雅伸さんの分も残しておいてくれますか?」

 鍋に残った雑炊を示して言う譲に宇治は穏やかな顔で頷く。

「勿論です。譲さんはお優しいですね。」

 恋しい相手が好きな人の事を目の前で想っても笑顔である。

 宇治の愛は海より深かった。

 そしてそんな宇治の心を知っていても傍に居る事を許している椎原と譲の心は更に深い。

 忠誠と恋情と憧憬全てを宇治は譲に捧げているのであった。  

 





そんな宇治は護朗さんの秘密を知りません。知っていたら廃棄決定ですからね(笑)





前へ

次へ

創作目次へ inserted by FC2 system