四百四病の外 3そうして泰一は宇治に電話をし、面談する事になったのは2日後。 場所は椎原所有の会社の応接室。 三和会事務所でなかっただけ良しとするべきなのだろうが・・・。 「・・・警戒されているな。」 「まあ、若のされた事を考えれば当然かと。」 今回も前組長の名代という形をとったからこその再開だったのだという事を葛木は重々承知している。 だからこそ二人だけで此処に来たのだ。 「・・・仕方ないな。」 その事を分かっているのかどうかはともかくとして泰一は溜息一つでビルの中に入り、受付に行く。 「椎原社長と面談を約束していた伊藤泰一だが。」 それだけ言うと、染めた髪がとても良く手入れされた美人の受付嬢は完璧な笑顔で頷く。 「承っております。」 二人居た内の一人が内線でその事を伝えているらしい。 「・・・少し早く来すぎたか?」 小声で言う泰一に受付嬢は笑顔で首を振る。 「大丈夫ですわ。社長もお忙しいですので。」 その物言いに一瞬引っかかりを覚えたものの、エレベーターから現れた人物に目を見張った事でその事を忘れた。 「・・・椎原・・社長。」 「ご苦労だった。有難う。」 先に受付嬢の方に労いの言葉を掛けてから椎原は泰一と葛木に向かう。 「前組長の名代だと聞いたが。」 「はい。此処では説明もし難いので上でお渡ししても宜しいでしょうか。」 持っていた細長い紙袋を示すと椎原は頷く。 「わかった。では上へ。」 案内されたのは広々とした部屋に一見して高級だと分かる応接セットに大きい窓が特徴の部屋。 ただし窓はスクリーンが掛かっていたが。 そうして中央の革張りソファーには譲が座っており、その後ろに宇治と木戸が立ったまま睨んでいる。 「・・・先日はどうも。座ったままだというのは非礼だと承知していますが、この通り足が悪いので失礼させていただきます。」 薄い笑みを浮かべて軽く会釈する譲に泰一も会釈し、挨拶というにはお粗末な言葉を言う。 「いや・・・それは、いい。」 一応泰一も組長。譲には敬語を使う必要がないと判断して喋ったのだが、宇治の眼光が鋭くなった事で内心冷や汗が流れた。 まだ新人といっても良い泰一には裏の世界の裏まで知っている宇治の眼光には適わない。 よくも悪くも生まれた時から極道の世界で生きてきた泰一はある意味この世界の申し子だが、本当の闇を知らない上に経験値も足りないからだ。 今後はどうなるか分からないが。 「譲。伊藤前組長がお前に贈り物だそうだ。」 「贈り物、ですか?」 首を傾げた譲は男だと分かっていても可愛らしい仕草と容姿をしており、その細い首からはえもいわれぬ色香が漂っている。 春に相応しい萌黄色の着物を纏っている姿は愛らしいという言葉に相応しく、その姿に部屋の中の雰囲気が柔らかいものへと変わった気がした。 「ああ。杖だそうだ。」 言うと同時に泰一が開いて見せた大判の油紙の中には見事な細工が施された木製の杖がある。 「これは・・・。」 「細かい細工ですね。手にしてみてもいいですか?」 譲が手を伸ばしたがその手を制して泰一が杖を持つと、といくつもの目線が飛んできたが先に説明をしなければならない。 「これは仕込み杖です。知っておかなければならない事がありますので。」 椎原に向かって言うと、頷かれたので言葉を続ける。 「まず、この位置を押すと杖が伸びますし、柄の部分を回すと中にはナイフが仕込んであります。そうして柄の先端の・・・分かり難いですが、此処を押すと発信機のボタンになりますので場所発見に繋がります。」 杖を動かしながらの説明に皆が真面目に聞く。 説明を終えて杖を譲に渡すと、繊手が杖を握り目を丸くした。 「そんな物が仕込まれているなんて全然分かりませんね。」 「父が良い腕を持つ友人に頼んだので。」 伊藤前組長に懐いている譲が花が綻ぶが如く微笑む。 「そう、ですか。贈り物とご配慮嬉しく思いますとお伝え下さい。後日お伺いさせていただいても宜しいでしょうか?」 泰一に向けられたのでは無いが、美しいその笑みに見惚れながらも仏頂面を保って頷く。 「いつでも。だが、父は旅行に行っておりますので暫くは不在です。」 言い終えてから供されているお茶と和菓子には見向きもせずに立ち上がる。 「それではこれで。」 葛木が背後で一礼するのを感じながら譲に背を向けた。 「本当に有難うございました。」 譲の微笑む気配を感じつつ泰一は一応椎原に一礼すると足早にその場を後にする。 エレベーターに乗った瞬間、葛木がさりげなく注意してきた。 「若。あれでは嫌われていると誤解されますよ。」 泰一の頭は一瞬下がったが、その言葉に何の応対も返答も無いまま二人はビルの外に出た。 前へ 次へ 創作目次へ |