四百四病の外 2





 その場に立っていた者達は護衛と片付けとに分かれて動き出す中、泰一は黙って立ち尽くす。

「・・・・組長?」

 後ろに立っている同世代の腹心とも言うべき葛木が声を掛けると泰一は桜から目を逸らして歩き出した。

「今日来た客、何だと思うか?」

「分かりかねます。ですが、雰囲気は職人でしたね。」

 山ごと買い取っている伊藤組の敷地の裏であるこの場所から家のほうへと戻ると伊藤前組長が男と談笑している。

「親父。」

「おう!紹介する。こいつは厳さん。まあ、言うなれば同じ釜の飯を食った仲だ。」

 快燵に笑う声に頷くが、同じ云々という事は。

「網走での知り合いか。」

「そうだ。」

「流石に寒かったなぁ。」

「ああ。」

 泰一はその経験は無いし、今後も無いだろうからそういう苦労はわからない。一般市民よりは近い場所に居るのでどうなるかは分からないが。

「・・・どうも。」

 目上に対する礼儀は叩き込まれているので一応軽く会釈をすると寡黙な巌も限りなく目礼に近いお辞儀をされた。

「それで頼まれていたものだが。」

「見てくれたかい?いい子だっただろう?」

 自慢げに言うその言葉に男は頷き自分の荷物を探る。

「ああ。一応作ってみた。合わないようだったら言ってくれと伝えて欲しい。」

 油紙に包んだ長いものをテーブルの上において開くと其処には杖があった。

「どうだ。」

 木製のそれは細工が細かく美しい。

 だが厳が持ち手部分のある細工を押すと鋭くとがったナイフが出てくるという仕込み杖だった。

「はぁ〜。これなら分からないだろう。」

 どこか気品さえ漂う杖にそのナイフはとても不似合いだったがその理由に思い当たり、思わず口を開く。

「あいつにか。」

「そうだ。何かと物騒だからな。」 

 他にも銃が仕込めると言ってから一通り説明をする。

 説明が終わり、老人二人の長話が始まると退出こそしないものの、窓ガラス越しに見える庭の風景に目線と心を移す。

 花弁が舞い散る池には鯉が悠々と泳いでおり、緑苔が撒かれた水を反射して輝いている。

 白砂の間に敷かれた石が黒大理石だという所が趣味の悪さを露呈しているが、それ以外は一流の庭師に一任したというだけあって美しい。

(あの桜の下に立つ姿は絵になるだろうな。)

 誰、とは心の中でさえ思わずに考えていると、声を掛けられてその杖を渡された。

「泰一。じゃあ、後は頼むぞ。」

 迫力ある笑みを浮かべて笑う実父に泰一は眉を寄せる。

「これは何だ。」

「何だとは何だ。お前話を聞いていなかったのか?」

「・・・は?杖の説明は聞いたが、親父達の昔話までは聞いていない。」

 至極あっさりと言い放った息子に伊藤前組長は溜息を吐く。

「すまんな。こういうやつなんだよ。」

 聞いていなかったために訳が分からないが、実父が言い出すのを待つことにして黙っていると先程より若干弾んだ声で説明をしだした。

「今日は招いたばかりだから明日以降に譲さんの傍つきの宇治に連絡を取り、これを届けて来い。お前が直接行くんだ。」

 思わぬ事に内心驚きながらも冷静な口調で返す。

「親父が行けばいいだろう。」

「それがなぁ、明日からグアムなんだよ。」

 聞いていない。

「は?」

「だから明日からグアム。巌が出来上がったものを持って来た翌日に旅行に行く約束をしていたんだ。言うなればサプライズ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・親父、てめぇ・・・引退したからってそんな事するなよ。周りの迷惑も考えろ。」

 元、とはいえど未だ伊藤前組長を慕うものも逆の者も居る。旅行なんて事前に計画して護衛配備や場所確認はしなければいけないものなのだ。

「だからサプライズと言ったじゃろうが。今回は二人だけでお忍びじゃ。」

「・・・・女遊びなら日本でしておけよ。」

「偶には外国で外国の女も良いだろうとな。」

「・・・俺は要らんぞ。」

 巌が横からすかさず言うが、聞こえなかった振りをされる。

「ともかく明日からグアムだからな。滞在は二週間程。数人連れて行くから心配するな。」

「長いなおい。」

「お土産はチョコレートを事前に買って送るからな!」

「それは土産とは言わないだろう。」

 泰一は思った。譲と知り合ってから自分の父親は益々変になった、と。譲自身の前ではそうでもないのだが、こんな変な計画を考える時点で変だ。

「じゃあ、明日は早いから空港近くのホテルを手配させたから今から出掛けるぞ。まあ・・・・楽しめよ?」

「・・・てめぇ・・・・。」

 引退しても仕事を多少はしている伊藤前組長殿だったが、どうやら息子にそれら全て押し付ける気らしい。

「チョコレートを届くの楽しみにしていろよ〜。」

 明るく笑って去っていく実父の背中を見て泰一は檜素材のテーブルを拳で叩いた。   











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