四百四病の外 16





 押し付けられた部下は椎原に報告し、氷と化した後更に工藤の護衛の一人として伊藤組長の前で説明させられてという散々な目に遭ったがそれでも工藤から「中々根性が据わっている」と言われて工藤幹部付きとなったので下っ端の苦労は相殺された。

 そうしてそれを聞いた伊藤組長、泰彦は溜息を吐く。

「これは・・・確かに。」

 伊藤組と若狭組は先々代からの知己であり、元々は伊藤組から分かれたのが若狭組であるので伊藤組の方が格上ではあるのだが若狭組の方が経済力は上である。

 が、年齢が上にも関わらず若狭組の組長と次代の組長の長男は泰彦を立ててくれており・・・伊藤組が持っている人脈目当てかもしれないが、とりあえず若狭組の長男とは昔からの知り合いだ。

「問題でしょうね。うちと三和会は同盟を結んでおりますし、若狭の組長か若頭に連絡して次男さんの捜索許可を貰いましょう。」

「そうだな。」

 直ぐに連絡すると出たのは若頭で面会の必要も無く、捜索許可が出された。

『三和会を敵に回すつもりは欠片も無いですからね。』

 と言ったのは若狭組若頭であり組長の長男である若狭雄司。雄司は泰彦より年長であるが一足早く組長となった泰彦を立てて人目のあるときには必ず敬語で話してくるのだ。

 若狭組は組長と若頭全員譲の“板”を貰っている事もあり、三和会とは友好関係にある。格で言えば若狭組より下になる三和会だが人数が少ない割に経済力があり有能な者が多い。にもかかわらず会長である椎原は腰が低い。

 だから若狭組も三和会を敵としていないのだが、友好関係を築いている一番の理由は自分達を纏め上げる存在である岡本組の総元締めである中村義介の息子であるという噂があるからだろう。

 それは誰も口にはしない事だが、椎原が若い頃の中村とあまりにも酷似している事から疑惑と噂は一人走りしている。

「ではそちらの弟さんの部屋と行動範囲、マンション等を本人無断で捜索させていただきます。」

 話はそれでそれで終わり、会話は切れた。電話を切った瞬間葛木は部下に捜索開始を告げて自分も動き出す。

「まず若狭組本家の自室と本人名義のマンション、それから愛人名義のマンションを調べます。」

「そうしてくれ。それと若狭組の者が各部屋の前で待機しているそうだから一緒に探してくれ。」

「わかりました。組長は。」

「俺は若狭組本家の部屋の捜索指揮をする。」

 会話はそれだけで各々捜索開始したのだが、証拠写真は実にあっさりと見つかった。

 何故ならば。

「これは・・・・・まさに映画の世界みたいだな。」

 本人名義のマンションに入った瞬間葛木はそう呟くとまだ到着していないであろう泰彦に連絡した。

「見つかりました。本人名義のマンションです。もう譲さんの写真でびっしりですよ。」

 その部屋は映画のストーカーの様にパソコンが置かれた部屋一杯譲の顔で埋め尽くされていたのだから。

 望遠カメラで撮影したと思しきカフェでお茶をしている姿、仕事中の真剣な表情、湯船に浸かって俯き加減な姿が清廉で可愛らしい容貌に艶を乗せている姿、大きな熊の縫い包みを見つめながら首を傾げている姿。天井には貼られていないものの大判になった写真が壁中貼られており一般的な感覚を持つ葛木は眉を顰める。

 そして雄司を伴って入ってきた泰彦も絶句した。

「・・・何だこれは・・・・。」

「これはちょっと・・・監督不行き届きですかね?」

 他の組の若頭に向かって葛木が言ってしまうのも仕方ない部屋である。更に開いたパソコンのファイルにも膨大な数の写真が収められている。唯一救いと言えるのは。

「最近のものだけのようですが、良く撮れましたよね。ああ、他の人間も雇っているのでしょうかね。」

 若狭組の若頭は恥辱で顔を若干赤らめて手を震わせている。

「・・・・愚弟が大変ご迷惑をお掛けし申し訳ない。三和会の方にはこちらから連絡致しますので今日の所はこれでお引取り頂きたい。」

 泰彦と葛木は少年時代から知っている相手でもあるので同情の視線を向けてしまう。

「こちらの事は気にしないでください。互いに知己の仲、堅苦しい事は無しにして若狭さんは三和会と弟さんとの事に専念してください。」

 少年時代より知る頭の良い兄貴分のそんな顔を見るとは思わなかった泰彦は慌ててそう言ってから微笑む。

「雑事が片付いたら仕事抜きにして憂さを晴らしを兼ねて飲みに行きましょう、雄兄。」

 長男とは言え妾腹の雄司、色々と苦労しているにも関わらずこうして正妻の子である次男の不祥事。しかも三和会の会長が溺愛している情人へストーカー行為。極道者としてこの上無い恥だ。

 それら全ての中傷を負わねばならないと思うと心が痛む。

 赤くなっていた顔が青褪めても仕方ない。

 泰彦の配慮に雄司は頭を下げる。

「悪いな泰彦。すまん。お前にも迷惑を掛ける結果となって。それもこれもこちらの監督不行き届きだ。」

「大の大人が、それも同じ世界に住んでない弟がこんな事をしでかすなんて誰も想像できませんよ。」

 慰めても何の助けにもならないが、そう言う泰彦に一瞬にして疲れた雄司は苦笑して泰彦を車まで見送った。

 若頭である雄司が部下の居る前で頭を下げるなんて事は滅多に無いにも関わらず、その頭を下げて見送っていた。

 その事に泰彦は胸が痛くなる。

「雄兄が頭を下げる事は無い、と思わないか。」

 小声で助手席に座る葛木に言うと首を振られた。

「それでも若狭若頭はその責任がありますからね。それと弟分の貴方に迷惑を掛けたという気持ちがあるのでしょう。」

 体格が良いというわけでは無いが喧嘩が強く頭の良い、経済ヤクザの中でも一際輝く存在である若狭雄司は兄と慕っているだけでは無く憧れる存在でもある。そんな人物が弟の不祥事で自分に頭を下げなければならなかったという事実が泰彦は許せない。

「葛木。俺が口を挟んでも良いと思うか?」

 まだ組長になりたての泰彦にとって昔から仕えてくれている葛木は良き相談役。思ったことを口にする。

「と言いますと?」

「若狭組。否若狭雄司の咎では無いと俺が椎原会長に言っても良いだろうか。」

 すると葛木は少し考えた後頷く。

「まあ、今回の事についてはウチもかなり動いて三和会の助力をしましたからね。言うだけなら大丈夫でしょう。それをどうするかは椎原会長次第でしょうが。」

 言い終えると早速アポを取り、許可が出たのでそのまま三和会事務所に向かう。

「椎原会長は丁度事務所に居るそうですからこのまま向かっていますよ。」

「頼む。」

 言う泰彦に葛木は笑う。

「まったく。貴方はヤクザにしては甘すぎる。これからはそうは行きませんよ?」

 少し子ども扱いをする葛木に泰彦の眉は寄る。

「普段は違うだろうが。これは雄兄の事だから例外中の例外だ。」

 葛木は何も言わずに車を走らせた。

 











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