四百四病の外 14





 そして譲は熱を出した。





 宇治はそれを工藤に電話で知らせ、仕事を驚くべき速さで終わらせた工藤が椎原の前に立ったのは夕刻。

「私は確かに見せ付ければ良いのではと言いましたが、倒れさせてどうするのです?」

 工藤は笑顔だ。

「・・・すまん。」

 嫉妬を押さえ込んでいた椎原は譲の誘惑に耐え切れず爆発させてしまった事を悔いている。

 それを知ってはいたが、工藤も譲をとても可愛がっている内の一人。心情を知っていても許せるかと言えば頷けるものではない。

「すまんで済むならヤクザは要らないんですよ。」

 普通は警察、という所だが、そこで今度はヤクザと言い換える所が工藤らしく僅かに笑みを零れてしまった。

 が、此処は笑う所では無い。

「笑って済む問題ですか。・・・でも貴方には笑って済む問題の様ですから此処から先の休暇は取り消して働いてもらいましょうか。馬車馬の如く。」

 最後の一言を強調して言うと、工藤直属の部下が椎原の横に立つ。

「会長。そういう事ですので。」

「はっ?お前、休みだと言っただろう?!」

 慌てる椎原に工藤は笑みを浮かべて言い放つ。

「譲さんは私がここで看病するので安心して仕事していてください。」

 そうして手を振られながら椎原強制退場。

 工藤は譲の手首にある赤い痕に目を眇める。

「まったく、いくら譲さんが許したと言っても程があります。」

 赤い顔をして眠っている譲の額のタオルを冷水で冷やして取替えると譲の唇が僅かに綻ぶ。無意識の事であるが、それだけでも工藤は嬉しかった。

「しっかりとお灸を据えて貰いますからね、あまり甘やかさないで良いのですよ譲さん。」

 まさに弟を慈しむ兄の図であるその光景は普段の工藤から程遠いが、微笑ましい。

 譲の好きな店のジュレを備え付けの冷蔵庫に入れて来ると枕元に座って甲斐甲斐しく看病する。

 水を取り替えたり、脇の下に挟まれた氷嚢の氷を増やしたりとしていると宇治が静かに傍らに控えた。

「工藤幹部。」

 一言だけ言う宇治を見てから後ろに控える部下に「目覚められたら知らせろ。」とだけ言ってから部屋を出る。

「どうだった。」

「予想通りでした。」

 譲と椎原の事の最中を隠し撮りしている者が居たのだ。早速捕まえて問い詰めると男はあっさり白状した。

 宇治と佐々木から借りた部下が丁寧な口調で聞いたのが良かったのだろう。そう、丁寧に。

「そうか。関連はつきそうか?」

 宇治が首を振ると工藤は溜息を吐く。

「どうにも関連付けたくなるのは癖だな。別と考えた方が良いのだろうか・・・。」

「では二手に分かれて調査します。」

 関連付ける組と関連性を探さない方と。

「そうしてくれ。お前も疲れただろう。今日は隣の部屋で休むといい。」

 工藤はそう、労ってから部屋へと戻る。

 眠っている譲の傍に居るだけで熱い空気を感じ、その体温がとても高いを知らせていた。それでも連れて来た医者曰く直ぐに下がるだろうという事だったので、一安心である。

「う・・・ん・・・。」

 夢でも見ているのだろうか、声を出して体を少し動かす。布団が僅かに動き、前が少し肌蹴る。すると白く美しい肌と妙に艶のある鎖骨が見えた。

 工藤はそれを整えてようと手を伸ばして、止める。

 鎖骨の下と更にその下の部分の傷跡が見えたからだ。

 だが何事も無かった様に整えて布団を被せる。

「ゆっくり休んでくださいね。」

 肌理の細かく美しい肌は譲の一部分だけだが、工藤には浴衣から覗く傷跡の多い肌の方をより美しいと思う。彼がその傷跡を乗り越えて今があるのだと思えば尚更。

 目を細めて先程見た傷跡を思い出しながら工藤は微笑む。

「美しいとは思うが・・・・今後傷付けさせるつもりはありませんから、ね。」

 それが外傷であれ心傷であれ。

 譲の傍で書類を読み返しながら工藤は口元を歪めさせた。

 其処へ携帯のバイブレーションが鳴り、携帯を開くとメールが来ている。内容を読むと工藤は思わず笑ってしまう。 

「まったく。専門の調査機関より譲さんの配下の者達の方が優秀だったようですね。」

 さて、手を打たなければと言う声は事態が進行した事により若干機嫌の良さそうなものへと変わっていた。

 

 











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