四百四病の外 13





・・・いきなりアダルトチックな雰囲気です。







(人の悪い笑みを浮かべている、という事は・・・また何か企んでいるのだろうけど・・・。)

 湯船に浸かりながら目の前で冷酒を飲んでいる椎原を見ながら思う。

 だがそれ以上にその“人の悪い笑み”を浮かべた椎原の顔に見惚れている。

 飄々とした顔、厚い胸板、しっかりと筋肉の付いた腕、意外となめらかな肌。椎原はよく譲の髪を気持ちが良いといって触るのだが、譲には椎原の髪の方が気持ちいいと思っている。

 たくましく、頼りになり、優しく美しい男。

 例えどんな美形が目の前に現れたとしても譲にとっては世界で一番素晴らしいのは椎原しかいない。

 時々・・・否、3日に一回はこんなに素敵な人がどうして僕の隣に居るのだろうかと真剣に思う程椎原は素晴らしく格好良い。

 譲にとっては。

 なので少しでも女性や美形の男性と仲良くしている所を見ると自分でもどうしようもなく苛々とした気分になるのだ。

 此処の女将も気がよく美人で譲も気に入っている人なのだが、それ故に椎原が少しでも、一瞬でも心移りをしないかと気が気では無い。

 譲の頭の中には今、ストーカー等の事は無く、椎原の視界と思考をどれだけ自分に向けさせられるかしか無かった。

 共に暮らしだして数年。椎原が譲の媚態に落ちる事は熟知しており、どんな仕草や言葉を紡げば欲望を瞳に宿らせる事が出来るかは承知している。

 譲はゆっくりと酒を飲みながら終わりかけの桜を見る椎原の肩に手を置いた。

「雅伸さん。」

 僅かに唇を開けて見る譲に椎原は微笑む。

「どうした?」

 その問いには答えず、椎原の持っている杯を手に取り飲み干し口移しで飲ませる。

 その際に舌を絡めるのは二人の間では当然の事。

 濃い口付けをした後色も濃厚な吐息を吐いて、首を傾げて赤くなった唇から言葉を漏らす。

「酔ってしまいました。」

 頬を染めた譲が醸し出す色艶はとても、そう、とても艶めかしく、初な者なら鼻血を出す程。

 だが慣れている椎原は苦笑を漏らして譲を膝の上に抱え上げた。

「相変わらずだな。」

 嫉妬深い譲の行動に苦笑を見せてはいるが、そんな所も可愛いと思ってしまう椎原も相当なものだった。

 要は互いに溺れている二人である。

「・・・・・貴方がそんなに魅力的過ぎるのがいけないんです。」

 拗ねた様子で顔を逸らし、幼子の様に唇を僅かに尖らせた譲に椎原は思わず笑う。

「お前こそ、俺は嫉妬で狂う程抱きたい位なのを懸命に押さえているんだぞ?」

 それがストーカーの事を言っているのだと気付いた譲はああ、と漸くその存在を思考の片隅で思い出す。

「そういえば・・・でもそんなのより、それを実行してください。貴方で狂いたい。」

 最後の言葉は擦れる様に耳元で囁いた譲に椎原は色の溢れた顔になる。少し下品さを伴ったその顔に譲の頬は益々赤くなる。

「そんな顔、他では絶対に見せないでくださいね?」

「ああ。お前以上に俺をこんな風にさせる人間なんていない。」

「絶対ですよ?」

 背中に手を回し、僅かに汗の匂いが漂わせ始めた椎原の体に自分の体をしっかりと寄せて息を吸う。

 譲にとっては椎原の匂いはどんな高価な香より芳しい。

 足を自分で開き、誘うように椎原のそれの上に自分が唯一受け入れられる場所を乗せる。実は既に一度体を重ねた後なので其処は容易に椎原を受け入れた。

 といっても足を存分に使えない為に椎原の助力無しには最奥まで受け入れられない。

「雅伸さん・・・・早く、欲しい。」

 擦れた譲の声に額に汗を掻いた椎原は一気に押し入り、甘い声を出させる。自分の思うままに体を動かす椎原に懸命にしがみ付き小さな声とお湯が揺れて溢れる音が響く。

 即物的な行為にさえも恐ろしい程快楽が潜んでいる。

 逆上せては事だからだろうか、椎原は一旦体を離して譲を抱え上げると木の板にバスタオルを広げて其処に譲を寝かしつけた。

 霞む目で見上げると椎原は恐ろしい顔をしている。

 嫉妬に狂った目だった。

 その顔を見て譲は花の笑みを浮かべる。

 手を伸ばして椎原の輪郭を辿ると手を支える様に重ねられて再び椎原が押し入ってきた。自分勝手に動いていた先程とは違い、譲を気遣う動きに笑みは益々広がり艶は匂い立つ。

 譲は椎原が笑う顔も怒る顔も好きだが、この嫉妬している顔は自分だけが知っているのだと言う優越感とそこまで自分を好いてくれているという喜びが感じられる事から二番目に好きな顔だった。

 一番は当然椎原が譲にだけ見せてくれる種類の笑みだが。

 椎原が動きを止めて体を痛い程抱き締めてくる。

「雅伸さん、雅伸さん、雅伸さんっ。」

 中に溢れるものを受け止めながら譲は名前を呼び続けた。

 体が離れると重なっていた熱が離れて寂しくて堪らない。

 だからいつも以上に体の内から溢れてきたそれに手を伸ばす。濡れた手を口元に遣り、舌で舐め取るがそれでも足らない。

「雅伸さん。」

 荒い息を吐く椎原は無言で譲を抱え上げて寝室へと向かう。降ろされたのは当然布団の上。続きがあるのだと分かり譲は華やかな笑みを浮かべた。

 湯と汗とに濡れた椎原の体は陽光で光とても美しい。

「譲。」

 椎原がクローゼットから取り出してきたのはネクタイと帯。

 それだけで意図を察した譲は自ら腕を重ねて前に出し、頭だけを軽く布団から持ち上げる。

 硝子越しに庭園が見える其処で昼日中、譲は腕を縛られ、目隠しをされた。

 趣向の一つとして夜された事は数度あったが、昼にこんな事をされるのは始めてにも関わらす譲に不安は無い。

 椎原のする事に不満など一つも無いのだ。

「雅伸さん、好き。」

 願わくば少しでも椎原の不安と怒りを取り除ければいいと、譲は思った。

 











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