四百四病の外 12そうして車に揺られて辿り着いた旅館。 桜の見事なのが売りなのだが、毎年どころか譲だけでも頻繁に訪れている。 葉桜も見事だし、秋は秋で近くの山の紅葉が見事なのだ。 もっとも度々訪れる理由として椎原との思い出の場所というものに適うものは無い。 「お帰りなさいませ。」 美人女将の出迎えに譲と椎原の顔が綻ぶ。 「いつも譲が世話になっている。今日は3日間宜しく頼む。」 女将は笑顔で頷き、いつも使っている離れへと案内された。 「本日は隣の棟にもお客様が居ります。」 いつもなら両隣は居ないのだが、今回に限って何故という気持ちが椎原に起こる。 「常連様なのですか?」 温かいお茶を飲みながら訪ねる譲に女将は首を振り否定した。 「いえ、始めての方なのですが常連のお客様の紹介で・・・。」 言葉を濁す所から見ると、飛び入りに近い予約だったのだろう。 「誰の紹介だ?」 「甲田様という方です。」 椎原の様子を見て譲も疑問に思ったのだろう、少し考えた後普通は質問しない事を尋ねた。 「何日前に予約されたのですか?」 「3日前で、昨日より5日間の予定でお泊りです。・・・あの?」 女将は僅かに眉を寄せ心配そうな顔になる。 「ああ、仕事の方は大丈夫なのだが、今ストーカーに悩まされていてな。少し過敏になっているだけだ。」 身元の確かな者で尚且つ敵対関係にある者や会ってはならない人同士は絶対に重ならせない女将にとってその一言は重要事項だったようで。 「相手はわかりますか?」 「それが興信所を雇っても関連性が無くてな。一応写真は持ってきている、と思うが。宇治。」 「はい。こちらに。」 写真と経歴、相手の住所等を書かれた書類を宇治が直ぐに女将に差し出す。 それを真剣な目でチェックしてから女将は書類を返し、安堵の息を吐いた。 「お客様の中に該当する方は居りませんでした。ですが、念の為見回りは強化させますので、どうぞこの宿に休まれている間はごゆるりとなさいませ。」 重要人物を泊める事の多い隠れたこの宿は防犯設備が警備会社並に強化されており、安心して泊まることが出来る。 「ああ、ここは安心だからな。」 女将はゆっくりと頷く。 「はい。何か御座いましたらお付の方に直ぐにお知らせ致しますのでどうぞお寛ぎください。」 長居をされるのを嫌う椎原の為に女将は去っていった。 付く仲居も気心の知れた者なので安心である。 だが。 「護衛の者に注意する様言っておけ。」 椎原が宇治に向かって言うと頷く去っていく。 念には念を。 である。 「此処は安心できるから来たのですか?」 聡いがいつもは知らぬ振りをする譲が珍しく問う。 空になった椎原の湯呑を自分の傍らに寄せ、お茶を淹れる。 湯気の立つお茶が目の前に置かれるのを待って椎原は譲を引き寄せていつものように膝に乗せた。 「それもあるが、一番はお前と此処で過したいからだな。・・・嫌か?」 唇が触れる位置で問うと、譲の目元が綻ぶ。 「そんな風に言われたら嫌なんて言えません。」 顎を少し上にして見つめる譲の口元を外し、頬に唇を寄せると不満げな顔をされる。 「雅伸さん。」 「悪い。」 その不満げな顔を満足げに見てから椎原は本格的なキスを施した。 前へ 次へ 創作目次へ |