愛し恋しと鳴く鳥は 9安藤に連絡を取ると、瑞樹に許可を貰うからといって一旦電話を切られた後快諾の返事を貰った。 『現役を退いて長いので役に立つかは別ですよ?』 密やかな笑い声と共に齎された声の調子を聞く限りはそう思っていないだろうと察せられたが、それでもいいという返事をし電話を切る。凄かった、と話には聞いていても周りの意見を聞くにやはり若さは重要なのだが安藤は見た目はとても若く見えるので問題ないだろうと思いつつもやはり心配は残るので念のために仲の良い同業者に連絡をする。同じく店を経営している男は安藤の話を聞くと店の子を数人預かってほしいと言い出した。曰く、金を払ってでも安藤の陥落の術を知りたいからとの事。それも安藤に連絡するとやはり笑い声を上げて了承した。ただし、ドレス姿ですよ?という言葉と共に。小一時間、伝言板代わりとなり彼と安藤交互に連絡を取り合った結果当日から譲の店、男の店で作戦遂行が決定された。 その日の午後瑞樹から電話があり、色々と大変な目に合うと思うが頑張ってくださいね、と妙に同情的な声の応援があったのだがその時の譲は意味を取り違えて礼を言った。 協力を約束されたあとはメインの場が『ヘファイスティオン』となることもあり、ホスト、ボーイを含めたスタッフを呼びミーティングを始める。ヘファイスティオンのホストは基本的に服装が自由だが彼等の殆どはスーツが多い。それぞれに個性ある美貌の持ち主であるので時々客の要望に答えて女装する事もあるがスーツなのは店の雰囲気を考えているからだ。安藤が仕切っている店の事を知らぬ者が多いので彼がバーテンダーをしている事は伏せて、単純に協力者と言うと当然反発するだろうと思っていたがボーイから違う意味で反対の声が上がったことに驚いた。 「あいつが入るのはかなり危険だと思いますよ。」 その言葉にホスト達の表情が変わる。 「どういう意味ですか?」 「うーん・・・はっきり言うとあいつはファムファタル・・・・つまり半端じゃないんですよ。あいつが現役の時少し見ただけですが、それでも復活となると、年齢的に衰えている事を願うのみですね。」 「手練手管が凄いという事?」 じゃあ、衰えないんじゃない?気にするのは美貌だという事かな、とホストの一人が僅かに首を傾げて問う。 「それもありますが・・・。」 「でもそんなに凄いなら勉強になるし、他の店の子も勉強に来るんですよね?オーナー。」 「ええ、安藤さんに来てもらうと言ったら、数人預かって欲しいと・・・。」 「そりゃあそうでしょう。自分の店じゃないんだから。」 「・・・どういう事です?」 彼は僅かに息を吐いて、3人だと呟いた。 「3人?」 「俺の知る限りで、です。実際はもっとかもしれない。あいつに溺れて死んだの男の数ですよ。」 譲は僅かに目を見張ったが、その後すぐに目蓋を閉じて俯く。驚きにそうなったのだと、皆、そう思った。 「・・・・・そうだとしても、今、僕達には・・・いえ、僕とこの店と雅伸さんの為には安藤さんの助力が必要なのです。」 静かな声に小柄のホストが足を僅かに広げて明るい表情で笑う。 「いいじゃん、俺等も勉強になるし、オーナーがそいつを必要としているならそれで。」 な?といっそ朗らかと言える程の声にホスト達の全員が頷いた。そうしてボーイの大半も。渋っていた年長のボーイも少々考えた後、頷く。 「そうですね・・・詳細はわかりませんが、危険な事を多少はしなければならない状況という事ですね?」 「それは今から説明します。・・・・宇治。」 譲にしては珍しくはっきりとした声の呼び捨てに背後に控え、両手の空いた宇治が一歩前へと出る。 「では簡単にですが説明します。現在後継者争いが勃発しかけており、組長が後継に椎原会長を推しています。それに対して椎原会長自身は後継の話を一笑しましたがこれを切欠に内戦状態になる確率が高くなりました。よって、三和会の傘下、というより情人の譲さんの店も狙われる可能性があります。スタッフの誘拐の可能性もありますので警戒が解けるまでは単独行動をする場合十分に気をつけてください。また店の行き、帰りは三和会から人を遣して送迎させますので不自由かとは思いますが、我慢してください。以上です。質問は?」 「ありません。」 ホストの声に全員が頷くのを見て、宇治はでは、と譲を促す。 「皆さんは今日の準備をしてください。・・・譲さん、申し訳ありませんが次の予定時間が迫っていますのでスピードを出す事になります。」 「大丈夫です。忙しない話ですみません。これから殺伐としてしまうでしょうが、数ヶ月の事だと思いますのでどうぞ協力してください。」 「その安藤さんという人のヘルプに入ってもいいですか?」 「そうですね・・・チーフに要注意人物は知らせておきますのでそれ以外であれば希望者はヘルプにはいってもらう事にしましょう。」 「俺希望しまぁす。」 譲は頷き、ゆっくりとした動作で杖に力を入れて立ち上がった。 ゆるやかに、だがいつもよりは確実に早い足取りで去っていく譲を見ながら朗らかに笑っていた小柄のホストが呟く。 「・・・・なぁんか、面白い事になりそうじゃん?」 客の前では割と上品な言葉を使うは裏ではこのように雑な言葉遣いの少年に年長のホストがこら、と軽く頭を小突いた。 「面白いとか言うな。まあ、協力できることはして、学べる事は学ぶべし、だな。で、チーフ。その安藤さんとやらはいつ来るんですか?」 「明日だ。」 はやっと声が小さく響いたがそれは全員の言葉。だが決まったことには文句は言わない。譲への信頼は絶対なのである。 前へ 次へ 創作目次へ |