愛し恋しと鳴く鳥は 7車中、譲と椎原は手を繋ぎ穏やかな声で会話をしていたのだが、その内容はお世辞にも穏やかとは言い難い。 だが二人揃って傍から見れば今から温泉旅行というのに相応しい、楽しげな笑顔を浮かべているのだ。 「では、僕の所から少し噂を流しましょうか?」 「それでもいいが、内容は変えてくれ。」 「いけませんか?」 「駄目だ。」 苦笑する椎原と穏やかに、嬉しそうに笑う譲。 「ではこういうのはどうでしょうか?」 運転席には届かない程の小声なのは単純に睦言めいているからであって、助手席にいる宇治を含めて信頼がないわけではない。 「うーん。まあ、いいだろう。ああ、安藤を一時店に置いたらどうだ?」 「安藤さん、ですか?」 「ああ、この頃手頃なのがいないとぼやいていたからそれを兼ねさせよう。」 譲の首が僅かに傾く。 「安藤さんがですか?でも瑞樹さんが怒りませんか?」 その言葉に椎原は苦笑した後首を振る。 「この頃安藤の相手がいなくてその皺寄せが瑞樹に来ているらしい。逆に喜ばれるだろうし、安藤も瑞樹の負担にはなりたくないだろうからな。むしろ」 獲物を見つけた肉食獣の様に狩りに行くだろうから、とは流石の椎原も言えなかったが今言わなくてもその実態を目の当たりにし、聞いてはいても信じていなかった事実を認識するだろうと心の中で頷いてそれよりと唇を開く。 「そんな話題より久々の二人だ。・・・・先にする事があるだろう?」 二人じゃありません、という助手席と運転席からの心の声は届かない。 「そうでしたね。」 柔らかい声と共に降るのはバードキス。 既に比翼の鳥となっての久しい二人には激しいもので確認しあう必要は無かった。もっとも時々スパイスは必要だが。 唇への口付けの後はお決まりの様に頬から耳に流れて行き、首筋に落ちていく。 声にならない吐息が漏れてそれが何とも艶めかしく、椎原の口元は自然と笑みを形作る。袂から入った手と裾を割る手。ゆっくりと撫ぜる仕草に譲の手も椎原の首の後ろへと回る。 微笑み合い、手を絡める仕草と雰囲気だけで下手な他人同士の情事よりそそると言ったのは瑞樹だったか。 宇治は助手席からネットブックで二人の着替えの詳細と共にマンションにいる下の者に旅館まで持ってくる様指示を出し、安藤へとメールを書いていた。 譲よりは安藤の恐ろしさを知っている宇治は以外とこの件スムーズに行くかもな、と思いながら。 前へ 次へ 創作目次へ |