愛し恋しと鳴く鳥は 4「お久しぶりです。瀬戸さん、椎原会長。」 「伊藤組長、お久しぶりです。」 如才なく笑顔の椎原が傍らから手を伸ばすと生真面目な表情の青年、伊藤組長はその手をしっかりと握り、次に瑞樹が差し出した手も握った。 「こういった場にこの頃同行していなかったので本当に久しぶりですね。」 「はい。安藤氏の店には時々行っていたのですが。」 「私が行く時間は限られていますから中々・・・。今度、新しくクラブをオープンするので宜しければ来て下さい。」 「はい、是非。瀬戸さんのお店の子達は美人揃いなので楽しみです。」 「有難う御座います。期待に沿える様に事前に言って頂ければ綺麗所を揃えましょう。」 瑞樹は笑顔、伊藤は僅かに笑みを浮かべているが精悍さの方が目立つ。 3人の挨拶が済んだ後、次々に表面上は和やかな挨拶が交わされ始めたので譲は宇治に抱えられた状態で隅に移動する。 「譲さん、何か飲み物でも。」 「お願いします。」 宇治は頷いて後ろに控えていた舎弟を見ると男はすぐに持っていたバックから水筒とカップを取り出し、カップをナプキンで軽く拭いてから水筒の中身である暖かいお茶を注ぎ譲に差し出した。 「ありがとうございます。」 笑みを浮かべて礼を言った後湯気の立つお茶を飲む。宇治はそれを横目で確認しながら譲の前に立った。 伊藤組長が歩いてきたからだ。 「お久しぶりです、浅見さん。父がお世話になっております。」 「いえ、僕の方こそいつも良い所に連れて行ってもらっていますから。」 伊藤は溜息を吐いた後僅かに頭を下げる。 「いえ、浅見さんにも仕事があるのですから自重する様に言っているのですが、あの調子で。多忙な時は本当に遠慮せずに言ってください。」 伊藤組前組長である伊藤の父は最低でも一ヶ月に一度は譲を旅行や食事に連れまわしている事は周知であるのだが、なまじ権力があるので誰も言えないのが現状。 その事を息子である伊藤は頭痛の種と思っているようであった。 譲は苦笑しつつ首を横に振る。 「いえ、僕は楽しいですから。忙しい時はお断りさせていただいていますし。ね、宇治さん。」 「はい。」 伊藤は僅かに目を細めると、ですが、と言葉を濁した後譲のカップに目を向ける。 「お茶を・・・持参されたのですか?」 「はい。常飲している漢方薬入りのお茶があるのでそれを。少し匂いがきついのですが体に良いので。」 春先とはいえ、まだまだ冷える季節。譲の体の事を思い出した伊藤は眉間に眉を寄せて口を開く。 「その、宜しければ、良い朝鮮人参が手に入りましたので届けさせましょう。」 「いえ、そんな気にしないで下さい。」 慌てる譲に伊藤は首を横に振った。 「父が迷惑を掛けていますから気にしないで下さい。本当に偶々多く手に入っただけですから。」 それだけ言うと伊藤は早い足取りで自分用に用意された席へと向かっていく。 「・・・宇治さん。」 「はい、リストアップしておきます。」 「お願いします。」 「それと会長と工藤幹部に報告しても宜しいでしょうか?」 「出来れば早めに。」 「わかりました。」 宇治は舎弟に目を遣った後扉の外に出て行く。 「伊藤組長は良い方なのでしょうが・・・。」 僅かな溜息と共に漏れた言葉に男は目線を遣る。 譲にしては珍しい行為に内心驚いたのだ。 「どういう意味でしょうか。」 「直ぐに分かると思います。」 独特の匂いがするお茶を飲みながら譲はまた一つ、溜息を吐いた。 「やっかいな事にならないと良いのですが。」 会場は皆が席に座った所である。 いつもより緊迫した雰囲気のある場に瑞樹は艶やかな笑みを浮かべ、椎原は堂々とした態度で不敵とさえ思える笑みを浮かべている。 静まり返った空気の中、誰も口を開こうとしない。 瑞樹は白いカップに満たされている珈琲を一口飲んだ。中村が体調の悪い時、こうして代理として出席する事のある瑞樹に皆慣れている筈なのだが緊迫した雰囲気は拭えない。 カップの中身を半分程減らしてからソーサーに戻して瑞樹はやっと口を開いた。 「中村から言伝があります。」 複数の衣擦れの音が大きく響く。 「『私、中村は年度末に岡本組、組長の座を引退する。』」 息を呑む気配がするが、相変わらず瑞樹と椎原は淡々としていた。 「『後継には』」 絨毯の上で椅子が滑る音がする。 「『椎原雅伸を指名。』以上です。」 艶やかな笑みで言われた言葉に強面の男達の顔が益々強張った。 譲は隣で唖然とする宇治の舎弟の横で表情ひとつ動かさずに椎原に目線を送る。 皮肉気な顔をしていた椎原は譲の目線に気が付くと僅かに口元に笑みを浮かべて見せた。譲はそれに僅かに頷いてみせるといつもの様に穏やかな笑みを作り心地よい声を小さく、だが響かせる。 「宇治さん。」 気配を消して控えていた宇治に譲はカップを渡す。 「はい。」 「・・・工藤さんは。」 「上の部屋で待機しております。」 「動かせる人は。」 「半数は直ぐにでも。」 「ではお願いします。」 「はい。」 宇治が部屋から出て行くのを目線だけ遣りながらいつもの譲からは想像出来ない無表情で前を見据える。 膝に手を当て、その箇所を強く握っている事は、椎原以外の誰も気付かなかった。 前へ 次へ 創作目次へ |