愛し恋しと鳴く鳥は 3翌日は晴天。 庭園が自慢のホテルの一室を貸し切っての会合なので今日は一般人とは何処か違う雰囲気の男達が多い。 そんな日の担当となってしまったドアマンは笑顔で客を見送った後小さく溜息を吐いた。 独特の気配を持った男達が次から次へと来るのはやはりどんな客でも丁寧に接するホテルマンにとっても苦痛である。 そんな中、また一台黒い車が車寄せに入ってきたのでドアマンは完璧な所作でドアを開ける為に一歩歩みでた。 が、ドアマンの視界に一本の腕が。 「失礼。」 その一言にドアマンは振り返り。 固まった。 神が与えし美貌、月をも霞む美しさ、絶世の佳人。 唇は僅かに赤く、肌にしみなど見当たらない程美しい上に内側から明かりでも灯しているのかと錯覚する位輝いて見える。 天使の輪が見える程艶やかな髪は黒というより紫に近く、その美貌を更に輝かせていた。 薄紫のスーツは僅かにグラデーションになっており男が着るスーツというよりは男装の麗人の為のものの様に思える。 「ドアは私が。」 声は高くも無く低くも無く。だが玲瓏とした音が鳴っているかのような錯覚を覚えた。 「は・・・は、い。」 誰が見ても寒気を感じる程の美しい人が其処には立っていた。 その人は何の感慨も無くドアを開けると、中から出てきたのは壮年の、所謂良い男がこちらも佳人に見惚れる事無いらしく平常どおりであろう表情で降り立つ。 「珍しい。どうしたんだ。」 「まあ偶にはと思って。譲さん、お久しぶりです。」 「お久しぶりです。二月ぶり、でしょうか?」 「ええ、譲さんの顔を見られなくて寂しかったのでついこんな所に出てきてしまいました。」 微笑みながら車内を覗き込んだ後一歩下がった瑞樹が伸ばした手を椎原は払い、そのまま車内に手を伸ばす。 その手を借りて杖を片手に出てきた譲は瑞樹と比べれば格段に美貌は劣るものの、人を和ませる雰囲気に溢れており本日は強面ばかり見てきたドアマンも思わず微かに笑みを浮かべた。 一気に煌々しい場と化したその場にガラス張りとなっているロビーから視線が痛い程寄せられる。 「失礼します。」 後ろの車から宇治が降り立ち譲の傍らに跪く。 「会長、譲さん、失礼します。」 「お願いします。」 杖を懐に抱え込むようにした譲の膝裏と背中に手を当てて宇治が重みを感じさせない動作で腕を上げて直立不動の体勢になると椎原が護衛兼先導の者の後ろになり動き出した。 その間に2人置いて譲は宇治に抱えられた状態でホテルの中へと入る。 車椅子でも良かったのだが、椎原の指示により本日は出番が無い。 「譲さん、調子はどうですか?今日は少し花冷えの様ですから。」 美貌の顔を曇らせて問う瑞樹に譲は笑って頷く。 「そうみたいですね。でも大丈夫です。」 椎原の眉が僅かに動いたがそれは譲には見えない。 「痛むようでしたら遠慮なく言ってください。」 「勿論です。お気遣い有難う御座います。」 「良ければ今度一緒に温泉でも入りに行きませんか?良い所を見つけたのです。」 「それはいいですね。」 「ええ、安藤が一緒ですが譲さんがいれば多少自制するでしょうから是非お願いします。」 執着、という言葉では表せない程瑞樹への愛執を見せる安藤はストーカーでも其処までするだろうかと思う程瑞樹の世話を焼き、常にデジカメをスーツの内側に潜ませている。 「・・・そうですね。偶には人の視線を感じずに入浴したいですよね。」 やや同情の籠もった言葉に瑞樹は真顔で頷き、偶にはでいいのですがと言った後笑顔になった。 「譲さんは同席されるのですか?」 「始めの方だけ挨拶に出ますが後は部屋で待っています。」 瑞樹は満足げな顔で頷く。 「そうですか。直ぐに終わりますのでこの後食事でも如何ですか?この朴念仁は仕事でしょうし。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・会合を自分の都合で終わらせるなよ?」 椎原の小声は譲には届かず、瑞樹に無視された。 「雅伸さんは朴念仁ではありませんが?」 「私にとっては、という意味です。恋人にまで朴念仁だったら私が無理矢理貴方を奪いますよ。」 佳人の微笑みは値千金。その笑みであっさりと告げた言葉に椎原は大きく溜息を吐くがやはり誰にも相手にされない。 「そうなったら僕は雅伸さんにしがみ付いて愁嘆場を演じる事にしましょう。」 「相変わらず仲の良い事で。」 「はい。」 和やかな顔で頷く譲に瑞樹は苦笑してからたったいま開かれた会合の場となる部屋の入り口を潜る。 その瞬間、雑談の声が途切れた。 「本日中村は体調不良の為、私、瀬戸瑞樹が代行としてまいりました。」 笑顔付きの言葉に揃っていた若干一般人とは違う雰囲気を持った男達の顔が引き攣る。 が、その後ろに続く椎原と譲を見て顔を綻ばせる者達も居た。 その中の一人、面々の中では恐らく最年少の青年が立ち上がり此方に向かってくる。 前へ 次へ 創作目次へ |