愛し恋しと鳴く鳥は 2きっかり10分後、携帯の着信音が鳴り電話を取りつつ譲は安藤に手を振って外に出る。 正面に付けられた黒光りする車体はいわずもがなのメーカーで、いかにも、というのを演出する効果よりは弾除けが目的だ。 正面に立つダークスーツの男は後部座席を開けて機械人形の様な動作で譲を促す。 「ご苦労様です。」 「いえ。」 譲の身体が完全に車体に収まるのを確認してから閉じられた扉の音はとても静かである。 動き出した車の振動もエンジン音もとても静かで慣れた感触に一度目を閉じてから開き、笑顔で椎原に向かって手を伸ばす。 「お疲れ様でした。」 笑顔の譲に椎原も笑い返す。 「お前も、な。」 「ご存知だったんですか。」 敬語、普通口調、と色々懸命に変えたが結局敬語に落ち着いた譲に、周りが慣れるだとまで大分かかってしまったが『姐さん命令だと思え』という工藤の一言で会の皆が納得し従っている事を譲は知らない。 「客がごねたら連絡しろと言っているだろう。」 「そうですが、今日は何とかなったので。」 苦笑しつつ体を寄せてくる譲の腰を抱いて口元を覆う。 「無理はするな。」 「はい。」 年数を経ても互いへの愛情と距離が変わらない二人は微笑みあいながらまたキスをする。 「無理をして雅伸さんの目線が何処か綺麗な人に行ってしまっては大変ですから。」 「それはこちらの台詞だな。お前こそ瑞樹や安藤の美貌によろめくなよ?」 「僕は安藤さんと瑞樹さんを綺麗と思ってもよろめきませんよ?」 「じゃあ、別の男か女だな。お前は美麗な奴より秀麗な奴の方が弱いらしいから。」 「雅伸さんも柔らかな雰囲気の方によろめかないでくださいよ?」 互いへの牽制の言葉も柔らかな口調と雰囲気であれば惚気でしかない。 「あいにく、理想が目の前にいるんでな。」 「僕も理想の人が目の前に居る上に益々格好良くなっていくので目を離す暇が無くて。」 目線が合う。 互いの手が互いへの体へと流れる。 唇に触れるのは自然な行為で呼吸をするのと同じ位に必要な事。 強く、狂おしいキスでは無く、小さく囁く様な。 口付け。 年月と回数を重ねても変わるものがあっても深みを増すものがある。 傍目から見れば仄々とした二人は付き合い始めた当初から傍目には変わる事無く睦まじい。 互いに微笑みあってから譲はふ、と思い出した様に顔を上げた。 「そういえば安藤さん、知り合いになってからもう何年も経ちますけど少しも容貌が変わりませんね。」 「お前もあまり変わっていないだろう。」 「僕ももうおじさんですよ。」 柔らかな笑みはだが、一見すると二十代前半だった頃から何ら変わる事は無い。深みを増しても崩れる事は無いまま年月を経たので逆に信望者は増える一方である。 「雅伸さんは渋みが増して素敵になりましたね。」 笑顔の譲の額にキスをしてから椎原も言い返す。 「お前は益々可愛くなったな。」 「もうおじさんですよ。」 「だとしても、だ。」 過去の様に互いを貪る事は無くなったが、その分互いの心の距離が近くなった二人は周りが見ていて心癒される関係だ。 微笑みあう二人を見て助手席に乗っていた秘書的役割の部下が声を掛ける。 「会長。」 「なんだ。」 「明日の会合ですが、譲さんにも是非出席していただきたいとのメールと電話が入っておりますが。」 椎原は譲を見た。譲は一瞬首を傾げる仕草を見せた後、どなたですかと尋ねてきた。 「あいつだ。」 それだけで察した譲は笑顔で頷く。 「僕はかまいません。」 「そうか。では了承の返事を出しておけ。」 「はい。譲さんにもご足労頂きますので明日は11時にお迎えにあがるという事で宜しいでしょうか?」 気の利く部下の言葉に椎原は頷いてみせる。 「そうだな。ああ、それと工藤にも連絡しておいてくれ。」 「わかりました。」 車はマンションの駐車場へと入り、静かに止まった。 「お帰りなさいませ。お疲れ様でした。」 外から宇治が自然な動作でドアを開ける。 「宇治さんもご苦労様ですもう休まれていいですよ。」 「はい。ありがとうございます。」 同じマンションに住まいを持つ宇治はそういいつつもエレベーターに乗り、スケジュール帳を開いた。 「明日は。」 「一緒に会合に行くから仕事は夜の分だけにしてくれ。」 横から椎原が言うと宇治は頷き、では羽織と袴も出しておきますと淡々とした口調で言った。 前へ 次へ 創作目次へ |