愛し恋しと鳴く鳥は 1「相変わらず仲が宜しいようで。」 雅伸との電話での会話の後席に戻ってきた譲に艶やかな笑みを浮かべて安藤が声を掛けてくる。 「そう、ですか?」 「ええ、それはもう。羨ましい位に。」 安藤の目線を追えば静かな店内の中ボックス席で一人酒を飲む瑞樹が居た。 「私の最愛の人はつれないものですから。」 基準は高いが常に複数の相手がいる安藤はだが、瑞樹だけを見ている事は明白。 「安藤さん。」 「はい。」 「安藤さんは、瑞樹さんが居ますが他の方ともお付き合いしていますよね。」 「そうですね。」 「瑞樹さんは怒らないのですか?」 安藤は僅かに目を大きくした後微笑む。 「むしろ推奨している節がありますね。誤解されている様ですが私と瑞樹は恋人同士では無いのですよ。」 「・・・そう、なのですか?」 「はい。あえて言うなら・・・主従関係、でしょうか。」 その毒牙に掛かれば業の者も腑抜けとなると噂が実しやかに囁かれている程の手練手管を持つ安藤の目は今だけは柔らかく、愛おしさに溢れたものへと変わっている。 「主従、ですか。」 「恋愛関係とは少し違うので。」 浮かべた笑みは譲でさえも僅かに頬を赤らめる程艶めかしく、美しい。 「ああ、ですが、譲さんの関係も素敵だと思いますよ。貴方方には永遠という言葉が似合うと思うくらいには。」 柔らかな口調と優しい言葉を重ねていても真実を言わない安藤の言葉に譲は目を見開く。 「永遠、ですか。」 「はい。いつまでも二人で寄り添っていて欲しいですね。」 「・・・有難う御座います。」 「お世辞でも何でもないですよ?」 「でも安藤さんから言われると真実味がありますね。」 「瑞樹の方がありますよ。」 「それはそうかもしれませんが、嬉しかったので。」 微笑む譲に安藤も微笑み返してさて、と笑顔のままカクテルグラスを滑らせる。 「佐々木様の新しい女性、ご存知ですか?」 「いいえ?」 首を傾げる譲に安藤は微笑む。 「工藤様に私がそう尋ねていたと伝えてください。」 意味を察した譲は持ったグラスを僅かに上げる。 「わかりました。」 「今日は何時に迎えが来るのですか。」 「あと30分程です。」 「ではもう一杯、如何ですか?」 ミントをベースにしたオリジナルカクテルを差し出され、譲はそれを受け取った。 「瑞樹さんが好んで食べている胡桃って出してもらえないんですか?」 「そうですね。あれは瑞樹の為だけに用意しているものですから。」 でも、と安藤は微笑む。 「譲さんになら出しましょう。」 胡桃の皮を3個、胡桃割り機で割ってみせると白い平皿に載って差し出される。 「有難う御座います。」 食べてみると今まで食べた胡桃は質が余程悪かったのだろうと思う程歯ごたえもその独特の甘みもあり、贔屓にするだけあると納得の出来るものだった。 「美味しいです。」 「それは良かった。」 微笑む安藤は艶めいており、譲は雅伸の存在が無ければ自分のこの人に惹かれていただろうなと内心思った。 その心の内を察したかどうかは分からないが携帯電話が鳴る。 見ると雅伸からだった。 「失礼します。」 一礼してから入り口の傍に行って電話取ると低く心地よい声が耳に届く。 『もう直ぐそっちに着くぞ。』 「お仕事は終わったのですか?」 『・・・ああ。』 沈黙に苦笑すると笑い返される。 『笑ったな?』 「はい。あんまり工藤さんを困らせると後で雅伸さんが困りますよ?」 『その時は一緒に頼み込んでくれ。』 「はい。」 何年経ってもその声は譲の心を騒がせおり、今までも、そしてこれからも電話の声だけで顔が綻んでしまう。 『どうした?』 笑いが含まれた声に尋ねられ、譲は正直に応える。 「貴方の声が嬉しくて。」 『可愛い事を言う。・・・待っていろ。あと10分だ。』 「あまり飛ばさないで来て下さいよ?」 『保障は出来ないな。』 言うと同時に切れた通話に譲は口角が上がるのを止められない。 「ふふふ、艶めいた顔をしてますよ?」 安藤の声に自分に対して苦笑をし、ドアの外を見た。 前へ 次へ 創作目次へ |