肝胆、相照らす 9





 珍しく携帯を手にしたまま俯いていた譲だったが、馴染みのある足音にゆっくりと顔を上げる。

 そうして振り向くと、花の笑みを浮かべて立ち上がった。

「雅伸さん。」

 甘い吐息が漏れると椎原は少し安堵の溜息を漏らして譲を抱え上げるとソファーに腰を下す。

「すまん。我慢が出来なかった。」

 定位置、つまり譲を膝に載せた状態で二人は見つめあう。

「我慢?」

「少し、な。」

 苦笑をする椎原に譲は抱きついて頬にキスをしてから首に腕を回した。

「僕が居ない間浮気していませんでしたか?」

「ああ。」

「綺麗な人に付いていきそうになったりも?」

「しない。」

「本当に?」

「本当だ。お前は?」

「僕が?すると思いますか?」

「いや。だが心配だな。お前は綺麗だから。」

「雅伸さん・・・。」

 椎原の手が譲の袂に伸びる。

「んっ。」

「譲。」

 唇を求めて顔を近づける椎原に譲も顔を上に向けたその時。

「いや〜。恋人同士の再会邪魔する様で悪いんだけど、せめて寝室でやってほしいな、と思うのは俺だけ?」

 風呂上りの真田の声が響いた。

 椎原が舌打ちをしたので譲は苦笑して頬に手を遣ると椎原はその唇に唇を寄せて軽いキスをする。

「そうだな。」

 譲の膝の裏と背中に手を当てて歩き出す椎原に真田は視線を遣ってから宇治と木戸を見て肩を竦めて見せてから笑う。

「仲良いんだな。」

「・・・そうですね。」

「しっかし、三和会っていうのは男前揃いだけど、顔で選んでんの?」

 堂々とした体躯を晒しながら先程椎原が座ったソファーと対するソファーに腰を下す。其処へ宇治がガス入りのミネラルウォーターを瓶のまま差し出した。

 礼を言ってから受け取った真田はそれの半分程を一気に飲み干す。

「よくそんな風に飲めますね。」

「あっちじゃ俺はガス入り派だからな。」

 椎原と譲が入っていった寝室へのドアを見ながら真田はテレビを付けてまた瓶を口元に向ける。

「・・・譲が幸せそうで本当に良かったよ。」

「それは、真実そう思っての言葉ですか?」

「ああ。唯一、真実の友人だと俺は思っているからな。・・・本当は譲は譲の人生なんだから関わらない方がよかったのかもしれないが、俺はあいつという存在が居た事で多少なりとも救われている。だからせめてその恩返しみたいな事をしたかったんだが・・・。」

 役立たずだな、俺。と僅かに苦笑を滲ませた顔は譲と同年代とは思えない程大人びている。

「譲は柔らかい光みたいだろう?それに自分が許容した人間は絶対に裏切らない。」

「・・・ええ。」

「俺は・・・アメリカに渡って日本の狭さにも驚いたが、それ以上にちょっと・・・な。自由と平等の国なんて言いつつも下手な国より差別の多い国だ。それに友人という括りがあまりにも違いすぎてそのギャップに始めはどうしても馴染めなかった。だが譲の事を思い出すと絶対にあいつを助けるんだと思えて・・・まあ、それで今までこうやって来れた様なものなんだよ。」

 溜息を吐いた後ガス入りの瓶を一気に傾けて空にした。

「だがいいさ。あいつが幸せなら。本当に困った事があったら言ってくれ。いつでも何処でも力になるし飛んでくるから。」

 メモ用紙に携帯電話の番号を書き込むと宇治に渡す。

「宇治さん、譲になにかあったら絶対に連絡して欲しい。譲自身にも言ったが、あいつは頼ってくれないだろうから・・・椎原会長にでも。」

 そのメモ用紙を受け取った宇治が頷いて見せると真田は体躯とは逆の軽い足取りで自分の荷物が置いてある部屋へと向かった。

 そうして手早く着替えて荷物を纏めると再び宇治の前へ。

「会長を送ってきた人が居るだろう?その人の車で東京に戻れないだろうか。恋人同士の逢瀬を邪魔する程落ちぶれてはいないのでね。」

 軽く笑う真田に宇治は頷いて朽葉を呼びに行く。

 











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