肝胆、相照らす 8「雅伸さん、何しているのでしょうか・・・。」 思わず呟いた譲に真田は笑ってしまう。 「なんだ、もうホームシックか?」 「そういうわけではないのですが・・・。」 「じゃあ、恋人の肌が恋しい?」 譲は苦笑すると、湯上りの肌に羽織を纏う。 浴衣姿の譲はノーマル嗜好の真田でさえもその色香に驚く程艶めかしい。 だが真田は色に惑う事無く明るい声で笑った後、穏やかな口調で聞いてきた。 「なあ、譲。」 「はい?」 「今、幸せか?」 僅かに湿っている髪を白いタオルで拭いている為に俯き加減だった顔を上げて真田を見る。 真田の目はからかいの目はしておらず、穏やかな中に強さを感じるもので。 「幸せです。」 タオルを膝の上に置いて、譲は微笑む。 「愛する人が居て、心を傾ける事の出来る人々が沢山居て。そして、僕を遠い地からでも心配してくれる友人が居る。こんな状況を幸せと呼ばずになんと呼ぶのでしょうか。僕は多分、今が最上の幸せの時なんです。」 「もし、将来何があったとしても?」 「はい。どんな事があっても僕は雅伸さんの傍を離れません。」 真田と狭い校舎、教室の中で視線が合わなかった頃を考えると別人の様な譲は慈愛に満ちた、だが強い意志を秘めた瞳をしていた。 たとえどんな運命が待ち構えていたとしても、その先にはたとえ分たれる道があったとしても毅然としているであろうその態度と目線に真田は笑う。 「そうか。俺、本当にお前があの時のままなら無理やりにでも連れて行こうと思っていたんだ。これでもあっちでは多少顔が利くんだぜ?」 「真田ならそうなのでしょうね。」 「おう。俺は有能な弁護士だからな。」 軽やかな笑い声と野太い、だがたくましい男の声の笑い声が室内に響く。 「だがな。何かあったら絶対に迷惑だとか考えずに頼ってくれ。お前の頼みごと位、片手間で片付けられる程度には有能なんだからな。」 「そうですね。」 「本当に頼ってくれよ?」 「はい。」 譲の言葉に安堵した真田は笑って立ち上がる。 「じゃあ、俺も風呂に入ってこようかな。」 共に入ろうと誘ったのだが、申し訳無さそうに断る譲を慮って風呂に入るのは別々にしていた。5,6人は楽に入れそうな岩風呂はだから一人で入るのが普通となっている。 「はい。あ、もうそろそろ夕食の時間ですから早めに上がってくださいね。」 「おうっ。あっちの暮らしが長いせいか長風呂出来ないから安心しろ。」 といいつつ昨日は1時間浸かりっぱなしだった事を思い出して譲は笑ってしまう。 大きい体を揺らしながら浴室に向かう真田の背中を見ながら譲の思考はやはり椎原へと向かっていく。 (今、何をしているのでしょうか・・・・。) 譲の湯治や椎原の出張で3,4日顔を合わせないことなど今までにも何度もあったのだが、どうしてか気になって仕方ない。 もっともいつも気になっているのだが、今はより気になっている。 「・・・宇治さん。」 小さな声で呼ぶと、キッチンにて木戸の手伝いをしていた宇治は手を洗ってから直ぐに譲の下へと来てくれた。 「はい。」 「雅伸さんは・・・今事務所ですか?」 視線の先にはテーブルに置かれた携帯電話。 俯き加減の視線に宇治は唾を飲み込みそうになりながらも平静を装って答える。 「・・・はい。」 「電話しても、いいでしょうか。」 「いや、それは、ちょっと・・・・・・その、今日は忙しいと聞いておりますので。」 苦しい言い訳な上に譲に嘘を言わなければならない重責に宇治の額には汗が浮かんだが、譲は視線を動かしていないので見ていない。 「そう、ですか。」 「・・・はい。」 木戸はさり気なく調理中の食材を冷蔵庫に仕舞う。 これらは全て工藤の指示なので、遂行できなければ後が恐ろしい。 (すみませんっ譲さん。) 申し訳ない気持ちで一杯の宇治の顔を見て譲は唇を綻ばせ、苦笑の形を取る。 「仕方ないですよね。夜なら電話してもいいと思いますか?」 「よ、夜でしたら大丈夫かと・・・。」 「そうですか。じゃあ、9時位に電話してみましょうか・・・。」 僅かに目を眇めさせる譲に宇治は譲が勘違いした事を知る。 つまり。 この時間帯から夜にかけて綺麗なお姉さんのいる所にいるのでは?と疑問に思ったのだ。 それは全くの杞憂だったが、以外と嫉妬深い譲には今何を言っても意味を成さないだろう。 前へ 次へ 創作目次へ |