肝胆、相照らす 10





 朽葉は苦笑した後、宇治の出してくれた珈琲を飲んでから立ち上がる。

「まあ、こうなることは予想していたのでいいのですけどね。」

「私が行きましょうか?」

 宇治にしては珍しく譲以外への気遣いを見せた。

「いえ、お気遣い有難うございます。元々明日は通常出勤なので戻る気ではあったのですよ。だから大丈夫です。」

「ですがもう少し休まれた方が・・・。」

「本当に大丈夫ですよ。」

 いつも通り飄々とした態度に宇治は引き下がり、キッチンの端に置いておいた弁当を朽葉に渡す。

「宜しければどうぞ。」

 椎原がこちらに来ると聞いたとき宇治は本日分の食材の買出し中だった。なので帰り際にオーガニックフーズを売りにしている店によってテイクアウトの弁当を念のために買って来たのだった。

「有難う御座います。」 

 弁当を受け取ってくれた朽葉に僅かに安堵の息を漏らして口元に笑みを作る。

 朽葉も少しだけ笑ってから車の鍵を見せ付ける様にしてから玄関へと向かう。

「じゃあ、お世話になりました。」

 一応最後は敬語で言うと真田は小さく見える旅行鞄を片手に悠々とした足取りで去っていく。

 その十数秒後、車の走り去る音が聞こえた。

「・・・あの人には気を使うのだな。」

「一応工藤さんの情人の一人だからな。」

 本当はそれだけではないのだが、そういう事にしておく。

「それより夕食はまだ先になるだろうから食べておいた方がいいと思わないか?」

「・・・そうだな。」

 本日の夕食は懐石料理。木戸は頷いて譲と椎原と真田用に作った料理の残りと真田の料理を二人分に分けて更に盛る。それをキッチンカウンターで並んで食べていたのだが、妙に虚しい気分に陥った。

「・・・・・・・・・・・男二人で飲むわけでもないのにカウンターに並んで食べるのは結構きついな。」

 たとえどんなに料理が美味しかろうとも体格の良い二人が沈黙の中並んで食べるのは視覚的にも主観的にも辛いものがある。

 寡黙なほうである木戸の珍しい主張に、宇治は一応頷いてみせた。

「そうだな。だが気にしたらきりが無い。さっさと食え。・・・ああ、お前惚れた女でも出来たか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしてそうなる。」

「惚れた奴が出来るとどうでも良い奴と食事をするのが嫌になる、と昔同僚が言っていた。」

 大口を開けて白米を放り込んでからまぐろの山葵漬けも口に入れる様は食事をしているというよりは摂取という言葉が似合う。

 木戸は自分が作った料理を見てから宇治のその食べっぷりを見て溜息を吐く。

「・・・もう少し味わって食べてくれ。」

「話を逸らすな。まあ、そういう事だ。」

 あっという間に食べ終えた宇治は食器を流しに持って行って手早く洗う。

 洗い終えると直ぐに風呂の準備と片付けに向かう姿はまめではあるが、働きすぎといっても過言では無いだろう。

 木戸も黙って食事を片付けてから食器を洗い、出来立ての煮魚を見て溜息。

 ヒラメを醤油煮は譲好みに合わせて薄味で、時間を置くと沁みてしまう。

 出来れば早めに食事にして欲しいが、それは限りなく無理に近い願いである。

 寝室に二人が籠もってから20分。

 まだまだかかりそうであった。





 気遣う余裕など無い。

 手早く最小限の愛撫だけ加えてから繋がった二人だったが譲は不満一つ漏らさない。

 袂を口元に寄せて噛み、腕は椎原の背中に当てている。

 着衣は乱れた程度で脱いでもいない状況だ。

「っぁ。」

 強く爪を立てられて僅かに椎原の眉が寄るが、そんな事は互いに気にしてなどいられない。

 獣の様な椎原と、それを健気にだが精一杯受け止める譲。

 袂を噛んでいるのはドアが開いているからだ。

 普段、わざとドアを開けている時がある椎原だが今日は余裕が無いだけである。

 だが、その普段わざと開けている時がある事を知っている宇治と木戸は閉めにきてくれないだろう。 

 譲自身もドアを閉めに行く余裕などある筈も無く、だから袂をかみ締めているしかない。

「ゆ、ずるっ。」

 濡れた感触に大きく目を開いて口を開いた為に袂が胸元まで落ちていく。

「ま、さのぶ、さんっ。」

 椎原は吐精したが譲自身はまだだ。

 だが譲は十分に満足だった。

 椎原が我武者羅になった姿、譲を見て獣の様に襲い掛かってきた姿だけで満たされる。

 自然と笑みが浮かんでいたがその顔と譲の様子を見て椎原は苦笑してから繋がった部分にタオルを当てて引き抜く。

「悪い。」

「いえ。・・・気持ちよかったですか?」

「・・・ああ。」

 汗を掻いた額に降りる口付け。

 キスを唇に返すとばつの悪そうな顔をされた。

 気まずそうなその顔でさえ愛おしくなる。

 大の大人に思うことでは無いのだろうが、その顔が可愛く思えて仕方なかった。



 











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