肝胆、相照らす 7





 譲が旅行に行っている間、椎原は当り散らすわけでもなく不機嫌なわけでもなく淡々としていた。

「なあ工藤。会長、普段通りだけど?」

 首を傾げる佐々木に工藤は無表情無言で書類を押し付けてから部屋を出て行く。

 本日は佐々木にしては珍しく事務所の佐々木に与えられた部屋に居たのだが、その際工藤が無言だという事はまず無い。寧ろ普段より饒舌になって笑顔で仕事の山を積み上げられるのだ。

 渡された書類を見ながら佐々木は眉を片方上げて閉じられた扉に視線を一瞬だけ見遣る。

「酒井。」

「はい。」

「・・・工藤の方が不機嫌に見えるのは俺だけか?」

「俺は工藤幹部とあまり長くないので今一分かりませんが、佐々木さんがそう言うのならそうなんじゃないですか?」

「ああ?お前、俺と工藤、お前と工藤なら同じ時間の付き合いだろうが。」

「自分は佐々木さんと違って密着していません。それにそんな観察力があれば此処に居ないと思いますけど・・・あ、豆が切れてる。」

「買って来い。」

「・・・今まだ午前9時ですよ。あの店の開店時間は午前11時です。一応階下にストックが無いかどうか聞いてきます。」

「此処の部屋管理は誰だ?」

「さあ。それもついでに聞いてきます。」

 酒井が出て行くのを煙草の煙越しに見ながら溜息を吐く。

「会長より周りが動揺してるなぁ。」

 事務所もやたらと失敗が多い。当然目上の人間に見つからない様にされてはいるのだが佐々木はそういう所に目端が効く為ごまかされないのだ。

 更に言うなら工藤も働きすぎの様な気がする。椎原がそれ以上に働いているのだから当然といえば当然なのだが。

 最も、椎原に関して言えば苛立っている所を見たことが無いので今の椎原の様子がどういう意味を表しているかは謎だ。

 やたらと機嫌のいい時は二種類で、目が笑っていないときは、まあ・・・・想像通りである。

 とりあえず譲が早く帰ってきて欲しいと思う佐々木は工藤の不機嫌な顔を思い出して顔を歪めて笑う。

 一見すると全うな人間に見える佐々木だが、彼もかなり性格の悪い持ち主なのだ。

 そして佐々木に笑われているとは知らない工藤は椎原の部屋で黙々と二人一組で仕事をこなしている。

「会長。」

「その書類なら却下だ。」

「ええ・・・はい。」

「あと右側のは再検討。中央のは裁可済み。・・・今日は何処と食事だ?」

「・・・中村組長が」

 僅かな沈黙の後の言葉に椎原は工藤が言い終えるを待たずに返事をした。

「都合が悪いと言っておけ。」

「・・はい。」

 椎原は突発的だったり譲と瑞樹が同席するといった事が無い限り中村との会食は断っている。

「ああ、此処に来訪されても困るしな・・・店の見回りでも行くか。」

 既に本日の書類仕事は終えており、更に言うなら前倒しで他の仕事もしていた。譲が旅行に行くといつもこのパターンなのだが今回は少し度が過ぎている。

「・・・雅伸。」

「どうした?お前が名前を呼ぶなんて珍しいじゃないか。何年ぶりだ?」

「17年ぶりだ。それより、少し休んだ方がいい。今から少し温泉にでも入ってきたらどうだ?」

「温泉に?」

「ああ。車も手配済みだから今から行くぞ。」

 椎原は窓を外を見てから少し笑い、頷いた。

「そうだな。家に帰るのも億劫だし、数日位開けても大丈夫だろう。」

「その為に佐々木を此処に居させているのだからな。大丈夫だ。」

「そうか。佐々木は知っているのか?」

「言わなくても分かるだろう。あいつも馬鹿じゃない。」

 唇を歪める仕草を見て、椎原は笑い、工藤も笑う。

「そうか。」

「ああ。」

「俺はそんなに疲れている様に見えるか?」

「まあ、少しは、な。」

 互いに苦笑し合い、椎原は工藤の肩に手を置く。

「悪いな。」

「いいさ。俺はお前の片腕だからな。」

 工藤が扉を開けると其処には朽葉が居る。

「地下から行ってくれ。車はこいつので行く。」

「すまんな。朽葉。」

 謝る椎原に朽葉は僅かに肩を竦めて微笑む。

「いえ。」

 そうして歩き出した椎原に朽葉は付け加える。

「惚れた弱みですのでお気になさらず。」

「お前も苦労しているな。」

「会長程じゃないですよ。」

 譲が出掛けて3日目の事だった。

 











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