肝胆、相照らす 6





 譲の濡れた声が、響く。

「んっ、あ、あああっ。雅、伸、さんっ。」

 ホテルの、ゲストルームがある部屋でこんなに声が響く理由は簡単。椎原が僅かだが扉を開けているからだ。

 椎原の囁く声は小さすぎて聞こえないが、男にしては高め、女だったら低めにも聞こえる譲の甘い声は擦れがちだがよく聞こえる。

「い、じわ、るしない、でっ・・・あぅ・・・っ。」

 甘い声は嫌でも耳に入り、欲情を掻き立てて行く。

 宇治は僅かに目を細めると、寝室から一番離れた部屋に護衛の一人を残して移動させた。

 そうして別室の扉が閉じられた瞬間、顔を歪ませる者、と様々だったがその中の一人が拳を握って震える。

「?どうした。」

 木戸が声を掛けると男は木戸に向かって言い募ってきた。

「ああああああっ!なあ、譲さんて男だよなっ!男だよなっ?!なのになんであんな色っぽいんだ!勃っちまったじゃねーか!」

 小声で叫んだ瞬間、宇治の鉄拳が降りてくる。鉄拳の後は足蹴。比喩では無く真実床に沈んだ男を見て他の護衛は僅かに顔を引き攣らせた。

「譲さんに対して不敬だ。」

 僅かに赤くなった拳に息を吐きかけて、殆ど手がつけられていないアフタヌーンティーセットのサンドウィッチに手を伸ばす。

 少し乾いているそれはだが、使われている素材が良い事もあり然程不味くは無い。

 食べ終えてから布巾で手を拭き、宇治はテーブルに座ると持参したノートパソコンを開き、電話をしながら驚くべき速度でキィを叩く。

 護衛専門の男達には分からなかったが、ちょっとした手配連絡の後譲がオーナーを務めている店への報告、相談、売り上げ等の話をしている。

 それを二時間程で終えてから時計を確認すると、勇気のある事に椎原と譲が籠もっている寝室のドアをノックした。 「何だ。」

「次の移動時間が迫っておりますので支度をお願いします。」

「わかった。ありがとう。」

 少し後に現れた椎原はバスローブ姿で、その後ろに見える寝台には譲がうつ伏せの状態で目を閉じている。

「譲はこのまま寝かせておけ。」

「はい。」

 椎原が浴室へと姿を消した後、宇治の携帯が一回だけ鳴った。

「木戸、受け取りに行ってくれ。」

 譲の傍らでコンビを組んで数年。宇治が何を指しているのか程度には分かる仲になっていたので木戸は黙って頷くとドアを開けてそれを受け取る。

 紙袋に入ったスーツと畳紙に包まれた着物を受け取った宇治はスーツと紙袋に入っていた下着やワイシャツ、ネクタイ等のパッケージを開けて綺麗に整えた後浴室に持っていく。

 畳紙はそのままの状態で寝室のクローゼットへと持っていった。それらを終えると護衛の一人を車に向かわせ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してから再び浴室へと持っていくと既にスーツを身に纏った椎原が髪を整えている最中だった。

「ああ、其処に置いておいてくれ。」

「はい。」

「・・・今日は遅くなる、と譲には言っておけ。夕食はお前達と食べるようにしろ。」

「わかりました。」

 椎原が僅かに覗かせた独占欲と嫉妬心に宇治は心から賛同してしまう。宇治もまた、真田がどんな人格者であれ腹立たしいと思っていたからだ。

 少々力の籠もった声に椎原は僅かに顔の筋肉を緩めると、悪いなと言ってから颯爽と立ち去っていく。

 譲の前では態度を崩す事の多い椎原だが、あえてそうしないかぎり悠々としていながら隙の無い男である。

 顔は人並み以上だが美男という訳では無いのに、女性に人気があるのは醸し出す雰囲気がともかく格好良いからだ。

 椎原自身はそんな場面を譲に見られてたら拗ねられ、噛み付かれ、泣かれるので出来るだけ迅速に排除するようにしているが、それでも良い男に女は敏感。

 蝿の如く寄ってくる。

 が、それ以上に譲は人気があるのだ。癒しの雰囲気に艶やかな仕草。昔風の大和撫子と言われる位なのだ。今まで譲は椎原一筋でどんなに秋波を向けられても上手くかわしてきたので椎原は嫉妬心をそこまで露にする必要が無かったのだが、今回は別。

 譲自身が花の笑顔を自然と見せる相手などそうはいない。

 しかも椎原も知らない過去を直に知る男。

 押さえてはいるが、いつ譲に向くかわからない嫉妬を抑える椎原は周りの人間にとって恐ろしい程であった。

 今から向かうのはあまり仲の良いとは言えない相手との談合。

 心の内をそれで少し解消しようかと思った椎原であった。



 











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