肝胆、相照らす 4「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・会長、着きました。」 言い難そうな口調で言う助手席の男に椎原は頷き譲を開放する。 「立てるか?」 言うと同時に外側から宇治がドアを開けた。 「はい、大丈夫です。」 赤くなった唇で微笑みながら足を先に地面に降ろし、姿を現した譲にホテルのドアマンが息を呑む。 顔自体は少々童顔だという程度なのだが、纏う雰囲気が可愛らしくも美しい。 肩まである艶やかな髪に光を内封したかのような白い肌。俯きがちな顔は唇が赤く、清廉でありながら艶が乗っている。 楚々とした雰囲気は今時の摺れた女性が失った、大和撫子と言われれば想像できる様なもので。 見惚れるのは当然と言えた。 若いドアマンは笑みを作っていても見惚れているのは明らかで、宇治はそんな相手を見て優越感を覚える。 更に隣に並ぶのは少し癖があるが、穏やかな笑みを作った男を中心に一筋縄ではいかない男達。 それらに囲まれてさえ霞まない譲は落ち着いた足取りでホテルロビーへと入る。 「譲。」 「はい。」 エレベーターの前に止まると椎原は後ろを歩いていた譲の手を引き、腰を抱く。 「あまり離れるな。」 「はい。」 仲睦まじいその様子に真田は笑った。 エレベーター内でもそれは続き、椎原に牽制されていると知りつつも口元は綻ぶ。 部屋の前に立つと宇治が部下の一人が直ぐに携帯を鳴らし、ドアが内側から開けられる。 案内されたテーブルにはアフタヌーンティーセットが鎮座しており上座から3番目の椅子を椎原自らが引く。 その行為を当然の如く受け止めて譲が座るのを見て真田が笑う。 「仲良いんだな。」 「え?・・・あ、はい。」 自分にとって当たり前の行為が人にとって当たり前とは限らない事に気づいた譲の頬が染まる。 「恥ずかしい事じゃないだろう?本当に、幸せそうで良かった。」 上座を勧める椎原の手を断り二番目の椅子に腰掛け、椎原は上座へと座った。 食事を終えたばかりの譲は形だけでお茶も少しずつしか飲まないが、真田は食欲旺盛な所を見せて明るく話す。 主に、アメリカでの面白い出来事を。 椎原もそれに相槌を打ち、お茶の時間は始終穏やかに進む。 「それで口説いてきた女があんまりいい女だったもんで逆に疑問に思っていたら隣に座っていた奴がこっそりと教えてくれたんだよ。“あいつ実は男なんだぜ。”って。しかも食われる側じゃなくて食う側。俺は慌ててトイレに行く振りをして逃げ出した。後から知ったんだけどその界隈では有名人であんまり名が通ってしまっていたから獲物が減っていて誰彼構わずって状態だったらしい。」 「何か凄いですね。」 「ああ。自分の身は自分で守れって国だからな。心身共に。」 明るく笑うが、移民大国と言えどカラーズに対する偏見の目は根深い。決して楽しいだけでは無い筈なのに面白い話ばかりをする真田に譲だけでは無く椎原も好感を持ちつつあった。 「でも譲がこんな表情をしているなんて思っても見なかったよ。実はな、知り合いに頼んで譲の事を調べてもらっていたんだ。まだあいつに拘束されているようだったらアメリカにつれて帰ろうと思って、さ。」 肩を竦める仕草に譲が驚きの顔をすると、慌てて手を振った。 「一応事務所も立ち上げたし、其処のスタッフとしてならビザも出るだろうって考えだったんだ。調べた後は、椎原さんの職業も職業だったから余計にそう思った。」 「雅伸さんはっ。」 反論しようとした譲に真田が手で制してから言葉を続ける。 「分かってる。お前の意思で椎原さんの傍に居るんだろう?だからそれでいい。椎原さん。」 「はい。」 「殆どの事をご存知でしょうが、譲は結構苦労して生きてきました。こいつの顔を見れば椎原さんが譲を大切にしている事は分かります。これからも良くしてやってください。」 今まで始終笑顔だったのが真剣な表情になって椎原に言う真田はとても真摯だ。 「勿論です。譲が私を見捨てない限り私は譲が傍に居て欲しいのですよ。」 譲の友人という事で敬意を払って丁寧な口調で話す椎原に真田も安堵の息を吐く。 「そうですか。安心しました。何かあったり、アメリカ定住を希望される場合は言って下さい。しっかりとサポートさせてもらいますよ。」 厚い手を差し伸べる真田に椎原も手を出し、二人が握手する姿を譲は嬉しげに見つめる。 「その時は是非。」 「勿論。」 好感の持てる笑顔に椎原も笑う。 「譲。良い友人を持ったな。」 「はい。」 「自分こそ、です。譲程信頼できる友はいませんから。本当に何かあったら何時でも言って下さい。」 懐から取り出した名刺に自分の携帯番号を手早く書き込むとそれを渡す。椎原も自分の会社の名刺の裏に携帯番号を書き込んで真田に渡した。 「滞在は何日ですか?」 「一応後二週間程です。譲に関する心配事は一切無いので旅行にでも行こうと思っていますが。」 「でしたら手配はこちらがしましょう。希望の場所を言って頂ければ直ぐにでも。」 「いえ、気まぐれの方が楽しそうですから。」 笑顔で断る真田に首を横に振ってから譲を見る。 「譲も久しぶりの友人と話をしたいと思いますので、貴方が何処に居るか把握できた方が良いのですよ。了承していただきたい。」 「あの、僕からも、お願いします。」 「あ、いっそ一緒に旅行するか?」 真田の提案に譲の顔が輝く。 椎原の眉は僅かに寄ったが譲は真田に顔を向けており、気づいていない。 前へ 次へ 創作目次へ |