『16』 2





 翌日の朝六時。

「お早う御座います。」

 洗濯機は既に回し始め、朝食の準備をはじめていると逢坂がやって来た。

「・・・お早う。ダイニングのセッティングをしたのは君かね?」

「はい。夕食を片付ける時に田中さんが教えてくれたので。あ、手はちゃんと殺菌消毒してからセッティングしたので問題ありません。」

 答えながらも葱を刻む手は休めない。

 朝食は洋食派である長嶺家の面々にはコンソメスープを作り、スタッフ用には味噌汁、ご飯、漬物、焼き魚だ。

 忙しく働く八津の横に来てコンソメスープを味見する逢坂に八津は一瞬邪魔だと思ったが沈黙を守って葱を刻み続ける。

「・・・まあまあだな。」

「そうですか。七時に朝食だと聞いているので6時55分にダイニングに持っていけるようにしたらいいですか?」

「ああ。」

 刻み終えた葱を傍らの皿に載せて次は魚を焼く準備をする。まだ時間はあるので焼かない。

「逢坂さんは一匹丸ごと食べますか。それとも長嶺家の方と同じものを食べるのですか。」

 と言いつつも和食の方は4人分しかない。

「私はいつも洋食を食べている。」

 一通り終わったテーブル片付けて次は強力粉を取り出して捏ね出す。

 昨日田中から許可は貰っているので問題ない。

 力いっぱい、怨念を込めて、ストレスをぶつけて叩くと美味しく出来上がるのがパン。

 一次発効やら何やらを田中の趣味であるパン製造機に入れて発効準備は問題ない。放っておいても自動的に焼きあがってくれるらしいのだ。

 それを終えると丁度田中が入ってきた。

「お早う御座います。早速使わせてもらいました。」

 指差した先を見ると田中は嬉しげに微笑む。

「じゃあお昼はパンね。」

 鯵の開きを焼き始めながら八津は頷いた。

「間に合えばそうですね。」

 周りを見渡した田中は目を丸くする。

「あら、ごめんなさい。朝食つくりをさせてしまったのね。有難う。」

「いえ、俺料理嫌いじゃないし、慣れていますから。これどうですか?」

 小さなスープ皿に差し出したのはコンソメスープ。

「わ、美味しいわ。ホテルのスープより美味しい!」

 喜ぶ田中に微笑み返してから尋ねる。

「普段はどんなスープを出しているんですか?」

「夕食時に来るシェフが作ってきてくれたものを冷凍しているからそれをお出ししているのよ。」

「そうですか。じゃあいきなりこんなの出されても困りますよね。そのシェフが作ったっていうのを出しましょう。俺が玉子焼いてもいいですか?」

「ええ。じゃあ私は解凍してお皿に次いでおくから。」

 傍らに用意されたパセリの刻んだものをチェックしてから田中は解凍をして器に八津が作ったものを合わせて盛り付けてワゴンに乗せる。

「私達は給仕があるから佐藤さんと先に食べておいて頂戴。そのコンソメスープはお昼に出しましょう。美味しいから佐藤さんに飲ませないでよ?」

「はい。」

 笑って頷いてから去っていった田中の代わりにドアを閉めて、用意した和食を内側の扉の向こうへと持っていく。

「お早うございます。今日は俺が作ったんで味見してから食べてください。」

 昨日の遺恨の話など聞いていないかのような態度に佐藤の眉間に皺が寄った。

「八津君。」

「ああいう場合は仕方ないと思いますし、佐藤さんと田中さんは悪くないですよ。その時阻止できたとしても後になってもっと最悪な事になるかもしれなかったかもしれないじゃないですか。だからいいんです。俺、実は佐藤さんと田中さんの存在は知っていたんです。名前とかは知らなかったけど母さんは恨んでいなかった。だってあなた方の事を話すときの母さんは楽しそうだったんです。だからいいんです。」

 微笑む八津に佐藤は目じりから僅かに雫を垂らす。

「そうか・・・・有難う。いや、歳を取ると涙もろくなって適わない。さて、八津君の作った朝食を食べようかね。」

「はい。自信作なんで食べてください。」

 ご飯に味噌汁、鯵の開きにお新香、玉子焼き。

 それを食べた佐藤は八津の腕を絶賛する。

「美味しい!味噌汁というのは意外と奥が深いのにこんなに美味しい味噌汁を作れるなんてっ。それにこの卵焼き。焼き目が美しく尚且つ美味い。料亭で修行してきたような腕前だなぁ。」

 上品だが畏まる程の味では無いそれはとても美味なもの。

「ん。材料がいいとやっぱり美味しいですね。」

「いやいや。八津君の腕がいいんだよ。」

「そんなに言うと付け上がりますよ。」

「謙遜しなくていいからまた作ってくれないか?」

「喜んで。」

 祖父と孫の様な会話をしつつ和やかに朝食の時間を過ごす。といっても20分で終わらせて片づけをしなければならないのでゆっくりは出来ない。

 今日は通いの家政婦の人は来ないという事だったので、洗濯物を干したり回収したり掃除をしたりなどは田中と麻生に任せて八津は佐藤と共に外に出る。

 真夏の外は朝であるにも関わらず暑い。

「これを使うといい。」

 麦藁帽子とタオル、軍手を渡されて完全防備にしてからジーンズにペットボトルが入った袋をホックで付ける。

「草むしりですか?」

「いや、今日は車の整備とエアコンの配線修理と点検だ。」

 いきなり難易度の高い仕事が来た。

「む、難しそうですね・・・。」

「そうだがな、慣れるとバイトできるぞ?」

「是非とも学ばせていただきます!」

 ガッツポーズをする八津を佐藤は笑って車庫に案内する。

「佐藤さん、今日は運転手の仕事いいんですか?」

「ああ。今日は栄治様も浩太郎様も仕事先の関係で秘書の方が向かえに来ていたからな。ちなみに由記人様は夏休み中で一週間帰ってきていない。」

「えーっと、兄弟仲悪いんですか?」

「というより由記人様は女癖が悪いんだよ。」

 金持ちのぼっちゃんらしいとても納得のいく外泊理由に頷いてから仕事開始。

 まずは配線の修理と点検。

 車庫から工具を取り、リビングのエアコンの中を開けて修理を始める。事細かに説明しながら手伝わせてくれるので全てが終わる時には佐藤に見守られながら自分一人でやることが出来た。

 そうして車庫に戻ってから車の整備を手伝わせてもらう。

 特に車好きというわけでは無かったが勉強になると思えば自然と力も入り、時間も忘れて作業をしていた。

 麻生が昼食を呼びに来た時には既に中天を過ぎた頃で、全身濡れ鼠の様に汗を掻いた二人は先に着替えてから昼食。

 パンとお中元で貰った残りのハム、サラダ、コンソメスープという昼食は美味しかった。

「あ〜美味しいですねっ、このハム!」

「ね〜。このハムを送ってくれる人って、この家の人が食べない事を分かっていて私達宛てに送ってくれる気の良い人なのよ。今度尋ねてこられたら教えてあげるからね。」

 鎌倉のハムというお中元にでも貰わなければ八津には食べられなかったであろうそれを3人は大目に切り分けてくれて八津は幸せそうな顔で味わう。

「・・・あれ、逢坂さんは?」

「今日は別の仕事で外周り。というより日中は殆ど此処に居ないわよ。」

「そうですか。」

「八津君と佐藤さんは今日中に終わりそう?」

「ああ、八津君は覚えがいいからなぁ。」

 八津が食べ終えるのを確認してから田中さんが新しく凍らせたペットボトルを八津と佐藤に手渡してくれる。

「はい。脱水症状には気をつけてね。」

「ありがとう。」

「有難うございます!」

 そうして見守られながら午後の仕事へと戻る。

 何とか夕方までに終わらせた八津は佐藤の好意で先に湯を使わせてもらった。

 10分で全て完了してキッチンへ手伝いに行くと先日見かけたシェフが居る。

「あ、どうも。」

「どーも。始めまして、運転手伊藤の息子の伊藤です。宜しくね八津君。」

 言われてみると目元が良く似ていると八津は思ってそれを口に出すと嬉しそうな顔をして赤いシチューを皿に入れてくれた。

「これ自信作なんだ。食べてみて?」

 食べてみると程よい酸味と煮込まれた肉汁が美味く混ざり合ってとても。

「美味しい〜。」

「でしょう?」

 そうして八津は気付いた。

「あんまり美味しいから、肉食べられた事に今気付きました。」

 昼、と夜。

 両方肉を食べられた。

 思わず笑みを浮かべると佐藤も笑っている。

「うん。無理しないでもいいけど夏場だからね。出来れば食べて欲しいと思ったんだよ。長嶺家の人たちは美味しいものを作っても反応してくれないから寂しいなと思っていたのも本当だけど。」

 気の良いシェフはそう言って後仕事も戻っていったのだが、この屋敷の生活も悪くないかもしれないと八津は思った。





 優しいスタッフ達に囲まれて此処の生活にも慣れてきた八津はすっかり馴染んでいた。

 来てから2週間。

「うーん。聞いたほうがいいんだろうけど・・・・。」

 まだ夏休みだが、そろそろ行動を起こさないといけない。

 呟いた八津に麻生が尋ねる。

「どうしたの?」

「いえ、俺中学生なんですよね。だから学校に行きたいな〜と。だから一日休み貰えますか?」

 元の学校や市役所に行ってから手続きをした後この近くの市立中学に転入手続きをしなければならない。

「え?でも未成年だから難しいんじゃない?」

「それは知り合いと行きますから。」

 佐藤は仕事だったので此処にはいないが、田中と麻生がこっそりと許可をくれる。

「今日は逢坂さん泊まりだし、仕事はこっちでやっとくから行ってきていいわよ?」

「有難うございます。」

 頭を下げて早速屋敷を後にしてから向かうのは公衆電話。

 昨今公衆電話を見つけるのは至難の業なので時間か掛かってしまったが、相手はワンコールで出てくれる。

『はい。』

「あ、瀬口さん俺です。八津です。あの、お願いがあるんですけど」

 すると電話越しにもわかる堅い声でいつもの待ち合わせ場所と言われてから切られた。

「仕事、忙しいんだろうけどなぁ。」

 とりあえずお金は多少持ってきているので電車に乗って瀬口の事務所の近くのカフェへ。

「いらっしゃいませ。」

 丁寧な声のスタッフは瀬口の客だという事で覚えられているので何も言われずに奥のテーブルへと通される。

 朝食を抜いてきたのでお腹が空いていた事もあり、ちょっと奮発してパニーニを注文してから頬張っていると店長からサービスで珈琲を出してもらった。

「あ、有難うございます。」

「久しぶり。」

「・・・・ご無沙汰しておりました。」

 微妙な会話をしていると足早に瀬口が店に入ってくる。

「八津!」

「瀬口さん。」

 笑顔で手を振ると走って寄ってこられ、服を捲られた。

 されるがまま、というよりは食べる事に懸命になっていたために何もできない。

 一応八津と瀬口以外には客はいなかったものの、スタッフは驚いたまま固まっている。

 だが何か言う前に瀬口は丁寧な仕草でシャツを降ろして安堵の溜息を吐いた。

「よかった・・・何もされていないんだね?」

「え?あ、はい。多分。」

「多分?」

 眉間に皺が寄った瀬口にここ二週間の出来事を話すと眉間に皺が深く、そう深く、寄った。

「何、じゃあ八津は突然現れた義兄弟とかに拉致されるようにして連れて行かれた挙句父親らしき人物とも会ったこともない上に使用人扱いなんだ?」

「あ〜、言い方きついけどそれで大凡合っています。でも、スタッフの伊藤さんも田中さんも麻生さんも伊藤さんの息子でシェフの伊藤さんも優しくていい人だよ。」

「でも、未成年を唯働きなんてっ!!」

 八津は首を傾げてから食べ終えたパニーニの皿を見つめる。

 すると新しい皿に美味しいそうなベーグルサンドが鎮座した魅力的な皿が交換された。

「食べていいよ。奢りだから遠慮しないで。」

 此処の店長である若いお兄さんは目じりを拭きながら置いていってくれた。

「有難うございます!」

 横にはケーキまで置いてあり、八津の顔は自然と綻びる。

 大口を開けて食べながら八津は本来の目的を告げた。

「それで、今日は頼みがあって。そこのお屋敷近くの学校に転入したいから手続き手伝ってもらえないかと。」

 瀬口は頷いて屋敷の住所を聞くと手早く誰かに電話をしながら外に出て行く。5分で戻ってきた時には八津の皿は綺麗に片付けられていて、珈琲カップも空。

「手続きは私の秘書がしてくれるから制服の採寸に行こうか。」

「あ、はい。でもお金・・・。」

 外に出ると一番近い駐車場に車が停めてある。

 それに乗ると瀬口が笑った。

「養子に迎えようとまで言っている子の制服代位私が出すに決まっているだろう?だが・・・・養子縁組は難しくなったなぁ。」

「俺は瀬口さん大好きだから乗っかりたくないんです。成人して、役に立ちたいんですから。」

 瀬口は苦笑して言葉を続ける。

「八津の気持ちは嬉しいのだけどね・・・晃子さんとも約束していたし、書面を交わしていたのに・・・・。」

 心底悔しそうな顔をしたのを見て八津は口を開く。

「でも、あの屋敷の主人がそうなら俺の養育権はあっちになってしまうし。」

「じゃあ、16になるまで気長に待つとしよう。でも、気をつけてね。何かあったら迎えに行くから電話するんだよ。」

 制服の採寸をした後、美容室、ブティック、携帯ショップと寄った後屋敷の裏口に送ってもらった。

 最後の渡されたのはお守りと小型の録音機。

「何かあったら証拠をしっかりと録っておくんだ。・・・本当はこんな家に帰すのは嫌なんだけどね。」

 意味深な言葉に八津は首を傾げたがしっかりと頷いて別れた。

 その後直ぐに瀬口の言う事を嫌というほど理解するのだが、このときの八津にはまだ分からなかった。 





 長嶺家の血を引いているかもしれないのに血液検査もされず、逆に唯働きをさせられているにも関わらず平然としている八津に腹立たしい思いを抱いている者達が居る。

 当然長嶺家の3人だった。

 給仕は嫌がられるので行かない八津は見たことなかったが、三男の由記人と次男の浩太郎、長男の栄治は遠目に八津を見かけると苦虫を噛み潰した様な顔をしている。

 今日も夕刻近くまで草むしりをして掃除も完璧な八津が庭を走っている。それがリビングから見えるのだ。

 前日瀬口と会っているのでいつもより覇気も元気も二割り増しな八津を栄治は鋭い視線で睨む。

「兄さん、どーしたんですか?」

 人を舐めた口調で由記人が話しかけると睨みつけて去っていく。

 それを笑いながら由記人は嫌らしい笑みで見送ってから呟く。

「なーんか、楽しいことになりそうだね。」

 傍らに居た浩太郎も笑う。

「ああ。あいつが此処に来て一番腹が立っているのが栄治だろうからな。」

 後継者として養子に招かれた栄治だが、血縁の可能性のある八津が来てから苛立ち続けている。

 この家の息子達は全員血が繋がっていない。建前上はともかく、会長の実の息子というのはいないのだ。

 だから八津を会長が重要視すれば、3人が追い出される可能性もある。だから特に必死で今の地位を守ってきた栄治は焦っているのだ。

 どうしようもないことは分かっているから出来る範囲で嫌がらせをしている。だが八津は堪えた様子が無い。

 廊下を歩きつつ、後ろを付いてくる逢坂に栄治は告げる。

「皆が寝静まった頃に私の部屋にあいつを呼び出せ。お前も来るんだ。」

「わかりました。」

 真夏の夜、栄治の暗い笑みが光の中で光っているのを見ながら逢坂は忠実に頭を下げて了承した。

 夜半過ぎ、逢坂にドアをノックされて出てみれば来いといわれたので付いていく。

 何となくいつもジーンズに入れているお守りがある事を確認してからその後ろを歩きながらレコーダーのスイッチを入れた。

 逢坂にしては珍しくそれに気付いた様子も無く、夜半の館は静まり返っている為に足音一つ響かない中を歩く。

 たどり着いた部屋は長男である栄治の部屋。

 逢坂がノックをすると応えの声があり、二人で入る。

「失礼します。お連れしました。」

「そうか。」

 逢坂がゆっくりとした動作で内鍵を閉めてから八津を栄治の前に行くように促した。

「あの・・・何か?」

 始めの数日で目の前の相手とその兄弟を自分の身内だとか兄弟だとか思ったり願うことを止めている。

 なので目の前の相手はこの屋敷の主という印象しかなかった。

 栄治は八津を見てから嗤う。

「あの女の息子とはな・・・・笑わせてくれる。」

 言い終えると同時に立ち上がり、平手で頭を叩いた。

 受身を取れなかった八津は絨毯の上に倒れる。

 起きようとしたが、頭を片手で掴まれて起き上がれない。

「いっっ、つぅ〜、やめてもらえませんかね。」

 冷静な声で言うと背中から栄治の怒りを感じる。

「・・・逢坂。」

「はい。」

 栄治は顔を歪ませている八津と逢坂を見て口元を歪め、はっきりと言い放つ。

「犯れ。」

 八津からは見えなかったが、逢坂の顔色が一瞬にして蒼白になる。

「しかし、」

「犯れ。そういったのが聞こえなかったのか。」

 八津の背中からは嫌な汗が流れ、止まらない。

「栄治様・・・・」

 逡巡する声に舌打ちをしてから逢坂に八津の腕を掴ませて固定させる。

 それに従う逢坂だったが、八津だって何かされると分かっていて抵抗しない筈が無い。

「っ、離、せっ!」

 必死で抵抗した為に逢坂の腕と顔はあっというまに八津の爪での引っかき傷が無数に付く。それでも逢坂は動かずに抵抗する八津を押さえつけようとする。だがそれも栄治が引っかかれるまでだった。

 八津の爪が栄治の顎を掠ったのだ。

 様々な作業を顔には見せないが、必死でこなしていた八津の爪は切るのを忘れていた為に伸びている。

 だからこそ傷が付いたのだが、それが仇となった。

 栄治は凶悪な笑みを浮かべて容赦なく八津を殴った。

 逢坂が押さえている為に僅かにしか動かなかったが、殴られた顔があっという間に腫れあがる。

 そうして抵抗する間もなく2発、3発と殴られ続けた。

 横向きになった体を革靴で何度も蹴り上げて八津が抵抗しなくなるまで。

「・・・栄治、様・・・・。もうおやめ下さい。」

 逢坂が押さえた声を出すと栄治はまたしても笑い、命令を出す。

「四つんばいにさせろ。犬の格好をさせるんだ。もちろん下の服は脱がせよ。」

 僅かに漏れた吐息の後逢坂はそれでも小さな抵抗を止めない八津を言われたとおりにする。

 満身創痍といっても過言では無いにも関わらず抵抗し続けるその精神に逢坂は内心感嘆した。

 暴力に慣れていない人間はそういったものにどうしても弱くなる。

 本能のようにそういったものに免疫がある者もいるが、目の前の少年にはそういったものがあるとは思えない。

 自らのしている事が残酷な事への手助けだと知っているからか、どこか遠くでそんな事を客観的にそう思った。

 そうして八津が嫌がっている最大の事を栄治がした。

「っあああ」

 途中で言葉が止まったのは逢坂が口にハンカチを押し込めた後タオルで口を塞いだから。

 男を、否、女すら知らないだろう少年に落とされたのは暴力。

 性的な、と言う以前に痛みしか伴わないそれは、心身共に最大の効力を発する暴力だ。

 嗤いながら腰を動かす栄治の額の汗が八津の背中に汗を落とす。

「くそっ、狭いな。」

 だがそういいつつも切れた事によって流れた血が動きを助けるので只管に自分のものを吐き出す為に動かす。

 一方的な、暴力。

 逢坂に横から脇の下を掴まれ、栄治には腰を掴まれて、犯される。

 それでも、八津は逃げようとした。

 逢坂が横から顔を覗き込むと不屈の精神で前を見据えて只管逃れようとしている強い瞳をしているのが見えた。

 恐怖からでは無く、屈服しない為に八津はこの男から逃げ、逆らおうとしている。

 そうして栄治が中に放つとその瞳に炎が灯った気がした。 

 栄治が自分のものを抜くと、よろめきつつ流れる血と精液をそのままに八津は服を纏う。そうして栄治と逢坂の存在など始めから無かったの様に部屋を出て行った。












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