愛し恋しと鳴く鳥は 11



 



 既に陥落しかかっているなとその場の全員が思ったその時。

 中年、またはそれ以上の男達が十数名入ってきた。

 席は空けておいたので待たせるという事は無いのだが、彼等の存在を見た客達はゆっくりとだが確実に席を立っていった。嫌らしさや怯えが無いのは前もって言っていたからなのか、客である彼等が上流と言われるに相応しい物腰であるからなのか。

「すまないな、貸切にしてしまって。」

 椎原の言葉に黒服の男が笑顔を浮かべつつ男達を案内する。その間に客達や前もって帰るといっていたホスト達が去っていく。客の中には気に入りの子に声を掛けて約束をするのを忘れないという遊び好きな者も居た。

 最後の方まで残っていたのは安藤の隣に座った男で、両手をさりげなく握り次回の約束を取り付けている。安藤は笑顔で応じ、そうして全員が帰ったのを見届けて男達の座る席へと向かい、満面の笑みを浮かべて見せた。

 「こんばんわ。華が沢山いるのにどうして皆さん顰め面をしているのですか?」

 男とも女とも取れる微笑をしている安藤の笑みに男達の顔が僅かに歪む。

「華といっても男ばかりでは嫌にもなるわ。」

 はっきりとした言葉に隣に座ってお酒を作っていたホストの手が一瞬止まるが直ぐに元通りとなった。

「ドレス姿の華もいますし、美しさに男女関係がありますか?」

 男の歪み笑いを見ながらも安藤の口元目元が崩れる事は無い。

「ではお前がそのドレス姿に着替えて来い。」

 安藤は微笑んだまま、チーフに目を合わせ、頷く。

「私は持ち合わせがありませんが、着替え用のドレスがある様ですし着替えてきます。・・・そうですね、一時間はかかりますので皆様それまで楽しんでください。」

 颯爽と男達に背を向けて去っていく安藤はボーイの一人を引き連れて行く。それを見ながら男達は失笑をするものもいたが、椎原は黙って酒を飲んでいる。

「椎原会長、いくら店のランクが高いからといってもこんな店はあんまりじゃあありませんか?」

「そうですか?自分は偶に飲みに来ますよ。ここは嫌な客も来ないし、個室もあるので考え事をするのに丁度良い。」

 本当は考え事をするなら自宅で、という椎原なのだが時々飲みに来るのは本当だ。主に譲を迎えに来るついでに寄るというのが大半だが。

「・・・・・そうですか。」

 僅かに目を細める相手に椎原はにこやかに微笑みながら隣に座るホストに酒を作らせて、果物をオーダーする。男、と言えども美貌の持ち主、癒し系、可愛い、とジャンルは様々。そのどれもが嫌らしさが無いというのは見事なものである。

 そういえば、と話し出した椎原の会話の内容は今日の政界のニュース。その話にホスト達は笑顔で応対しつつ和やかな雰囲気を作る。当然話題にはしっかりついていっており、互いの意見を述べ合い交し合う。深い造詣にはただ新聞を斜め読みするだけでは考えられない思考を持っていた。

 銀座の女達に匹敵する彼等に客である彼等の数名は見る目を変えている。それを内心はどう思っていても顔には出さないのは当然の事なのだろうが流石といえるだろう。

 そうして小一時間過ぎた頃になって、ボーイ数名が動きを見せた。そちらの方に数名が視線を遣すとスタッフルームから青のドレスを纏った美女が出てきた。

「お待たせしました。」

 胸元こそ見えないものの、ロングドレス姿の安藤の歩く姿は妙に男を誘う艶かしい歩き方をしている。ドレスが体にフィットしていないのは借り物だからだろう。だがそれでも大きくは無いが小さくは無い胸シルエットは見える。緩やかにだが美しくウエーブを作る髪は焦茶色、化粧はしっかりと施されているものの、原型が想像できないという程ではない。一般的なOL程度の化粧である。

 だがそれより何よりも安藤は。

 美しかった。

 容姿だけでいっても美しい方ではあるのだが、それ以上に雄を誘う雰囲気を上品な中に混じらせているその雰囲気、仕草、動き。

 全てが美しかった。

 清楚とも妖艶とも違う、安藤独特の美しさ、その仕草にその場は整然とした。

 歩き方は女性的とも男性的とも違う。その歩みに見惚れる者達を前に悠然と歩き、ソファーの端に足を揃えて腰掛ける。

「フルーツ美味しそう・・・・食べても良いですか?」

 誰かが頷くのを見て微笑みながら口にするのは綺麗にカットされたドラゴンフルーツ。

 赤い舌が僅かに見えるのが嫌らしい。だが下品ではない。

 食べ終えた安藤は微笑みながら僅かに顎を逸らしてみせる。決して下手に出る態度ではなくむしろ逆だ。

「皆さんの楽しそうな声、スタッフルームまで聞こえていましたよ。」

 暗に自分のいない所でも自分の事を考えて、その心さえ向けて盛り上がる所ではないという心情がどうしてないのか、と聞かれている気さえしてしまう。

「何をそんなに盛り上がっていたのですか?」

 毒々しくない程度に赤い唇を開くたびに注視する視線が強くなっていく。あの唇で体を撫でられたらどういう気分になるのだろう、と妄想を掻き立てられる唇だからだろうか。

「い、いや・・・・世情の事だよ。」

「ああ、今日の朝刊で大臣が辞職したと出ていましたよね。」

 それは盛り上がるでしょう。何と言っても彼はとっても賄賂が大好きな人ですから出したお金の分の働きをしない男に対して思う所のある人は沢山いるでしょう、と何でも無い事の様に言う。

 寝耳に水の者、心当たりのある者と様々だったがそれ以上にその情報源には目を瞠るものがある。何故なら辞職した例の大臣はクリーンなイメージで売っていたからだ。それは辞職した現在も変わる事は無い。

「何故それを・・・。」

「彼は知り合いですから。」

 そんな事よりも、と作っていた酒を差し出す安藤に男達は誤魔化された様な気持ちで受け取る。その際に僅かにだが彩色の施された爪が触れた。

「もっと楽しい話がしたいですね。」

 左右対称に上げられた唇の紡ぐ言葉に男達のひとりが反応する。

「そ・・・それなら」

 話し出したのは自分の部下の笑える失敗話。

 それに僅かに笑う安藤を見ると、別の男がまた笑える話を。本当に笑える話もあれば失笑してしまう話、そんな話をしていいのかという某有名人の話等々。

 時間は瞬く間に過ぎ、あっという間に日付が変わっていた。お時間ですのでと言って来るボーイが居なければいつまでも話していただろう。

「今日は楽しい時間でした。」

 そう言って微笑む安藤はだが、実際には然程笑っていなかった。

「また来る。」

 口々に言う男達に微笑みかけて見送る際、例のターゲットとなっている男に小さなメモを渡す。それに気付いた男は僅かに片方の口角を上げて去っていった。

 後はミーティングという事なのだが、安藤は微笑んでお先に失礼しますとバックと初めから纏めていたらしい紙袋に入った服を片手にあっさりとドアに手を掛ける。大半の者は安藤の目的を知ってるので何も言わなかったが、細身のホストが一言言った。

「安売りはしないほうがいいですよ。」

 その言葉に安藤は口角を上げて微笑む。

「安売りよりも栄養源補給が先なので。」

 艶やかなその微笑と言葉に唖然とした顔をした面々に笑いかけて安藤はへファイスティオンを後にした。

 






前へ



創作目次へ inserted by FC2 system