肝胆、相照らす 1





 それは突然だった。

「譲っ。」

 呼び捨てでの声に譲は肩より5cm程伸びた髪を揺らして振り向く。

 宇治と木戸は前後に回って警戒をしたのだが、譲の声で眉間の皺が取れた。

「真田っ。」

 花の笑みを浮かべて言った譲にジャケット姿の男が駆け寄る。

「驚いたなぁ。まさかこんな所で会うなんて。」

 譲が見上げなければならないほど身長の高い真田が笑うと譲は僅かに首を傾げつつも頬を染めて頷いた。

「僕もです。でも・・・・・真田は・・・。」

 さっきまで笑顔だったのに一瞬にして曇った顔に真田が笑う。

「ああ、大丈夫だって。いい機会だからって親父とあれからアメリカに行ったんだよ。知り合いが開業していてさ〜。元から誘われていたんだよ。俺もそれからずっとアメリカ生活。今は休暇なんだ。」

 お陰で昔よりかなり、金持ちだったんだぞと笑う男に譲が安堵の息を吐く。

「そう、ですか。僕のせいでお父さん首になったって聞いたので・・・。」

「や、お前のせいじゃなくてあのぼんぼんのせいだから気にするな!」

 豪快に笑うその顔はとても明るい。

「ありがとう。真田、元気そうですね。」

「お前も昔より人生楽しそうだな。あ、立ち話もなんだから何処か入らないか?そっちの人たちも一緒の方がいいよな?」

 譲が宇治の顔を見ると宇治は頷いて言う。

「今手配しますので少々お待ち下さい。そちらの・・・真田様もそれで宜しいですか?」

 警戒しつつも一応失礼の無い様に窺うと真田は笑みを浮かべて了承した。

「ああ。別に急用があるわけじゃないからそちらに合わせてください。」

 真田が頷くと宇治はすぐさま手配をする。幸い個室のレストランが空いていたので手配し、譲と真田を後部座席へと誘う。

 その際真田が譲の足を見て顔を顰めたのを宇治はしっかりと観察する。

 車中で真田は譲に質問攻めを始めた。

「なあ、今何しているんだ?」

「レストランとかカフェとか夜のお店の経営を。といってもオーナーというだけで店長は個別に居るのですが。」

「じゃあ生活に不自由はしていないんだ。楽しいか?」

「はい。皆さんとても良くして頂いて・・・本当に、毎日楽しくて幸せです。」

 頬を染め、俯き加減に言う譲に真田は笑う。

「そうか。なら良かった。お前いっつも暗そうな顔していたから心配だったんだ。幸せならそれでいいよ。」

 艶のある綺麗な髪を幼子にするように掻き回す真田に助手席に座っている宇治の眉間は寄るがそれに後部座席の二人は気付かない。

「真田は今何をしているんですか?」

「俺?俺は弁護士だけど今無職。つっても開業するからその前に休暇を取ろうと思って日本に来たんだよ。・・・・・5年ぶりかな?」

 譲はその言葉に目を輝かせる。

「凄い、弁護士なんて難しいのでしょう?」

「や、日本の弁護士試験ほど難しくないから。それに専門分野毎に分かれているしな。ちなみに俺は離婚裁判が殆ど。一応商業関係も資格持っているんだけど口コミで離婚弁護多いんだよな〜。お陰で結婚に理想は抱けません。」

 笑いながら言う真田に譲は笑ってしまう。

「離婚弁護士として有名なんですか?」

「そうだな〜。カリフォルニア州では知る人ぞ知る、かな?あ、行ったことあるか?カリフォルニア。譲は合わなさそうだけど。」

「一度だけ。治療で言ったのですが・・・。」

 苦笑気味に言うとやっぱり、と笑われた。

「飯不味いもんな〜。イタリア系とアジア系はまあまあなんだけど値段の高いレストランのって結構不味いよな!」

 音が濁りがちの言葉を喋る真田は明るく、レストランの中でも食欲旺盛ながらよく喋る。

 それがまた不快ではないのは彼が弁護士だからだろうか。

「護衛と秘書みたいな人は飯食べないのか?」

 いくつもの皿が並んだ中みながら真田が言う。

「いえ、自分は。」

 宇治は断るが真田は言葉を続ける。

「腹が満杯になったら仕事し難いのは分かるけど、ここで逃したら飯食べる時間無くなるから食べた方がいいと思いますけど?料理は沢山あるんだし。な、譲?」

 真田が同意を求める言葉に譲は僅かに頷いて宇治を見た。

「せっかくですし。駄目、でしょうか?」

 譲にそう言われては断れない宇治は頷いて皿と箸を取る。

 真田は譲に顔を向けて笑顔になるし、その笑みを見て譲も笑顔になった。

「飯は皆で食べた方が美味いからな。」

 厚い胸板を僅かに逸らして笑う真田は宇治の目をもってしても譲を害する人物には思えず、工藤にどう報告しようか考えてしまう。

(さて、どうするか・・・。)

 工藤が椎原に聞けば多少事情が分かるかもしれないと、とりあえずは目の前の事に集中するため宇治は黙ってエビチリを小皿に移した。  

 











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