クリスマスは貴方と
昴 真秀 様 リクエスト作品
瑞樹と安藤は埠頭に立っていた。
目の前には客船。
そして更にその前にはアラブの人間らしき男が部下やボディーガードを従えて笑みを浮かべている。
「・・・・安藤。」
「はい。」
ご機嫌の安藤に瑞樹は遠い目をする。
「イブは船で御飯を食べましょう、とか言って俺を連れ出さなかったか?」
「中に用意していると聞いていますよ。」
「聞いていいか?」
「はい。」
「この船、妙に新しく感じるのは気のせいか?」
「ええ、瑞樹の慧眼どおりです。」
瑞樹は額に手を置く。
「気に入らないなら帰りますか?」
あっさりと言ったが、それはいくらなんでも用意した相手が可哀想だ。
「今日の為に船まで作らせたのか?」
「まさか。私だって無償では無いのですよ。頼まれたので、条件つけて引き受けただけです。」
「・・・・・お前の条件は?」
「瑞樹に相応しい、尚且つ瑞樹が楽しめるパーティーである事。」
当たり前のように言うが多分具体的に言ったのだろう。
「・・・・・・・・・相手の条件は?」
「私にしばらく禁欲して、尚且つ相手をする事。」
安藤に禁欲なんて何て命知らずな事を、と思ったがそれほど相手は安藤に恋焦がれているのだろうと良いほうに解釈する。
「そっか。」
「物凄く大変だったんですから。私が一週間誰とも会わなかったのですよ?」
二日に一度は誰かしらと共寝している安藤には相当な苦行だったのだろう。
それもこれも全ては瑞樹に相応しいクリスマスを過ごしてもらう為。決して船を用意した相手の為では無いのが少し哀れだ。
「でもその甲斐があったものですね。」
頬を染めて喜ぶ安藤に会話が聞こえない位置に居る相手は勘違いしたようで、小走りで走り寄ってくる。
髭の生えた堂々とした体躯と態度を持つ、わりといい男だ。
「栄、来てくれたんだね。」
安藤はその勘違いを否定しない。利用する為では無くたんに否定するのが面倒なだけ。
そして余計な事を言わず否定しない為に相手は益々のめり込むのだ。
本人曰く。
『相手が勘違いしないように複数の相手がいるというのは前もって言っていますから。』
だが、もしかするとその中でも自分が一番なのではないかという勘違いをする相手に対しては別段否定しない。
そして貰えるものは貰っておくという本人の性質から貢がれた金額総数は計り知れない程。
思わず喜ぶアラブ風の男と安藤から目をそらして薄暗くなりかけた空を見上げる。
「ええ。この日を楽しみにしていましたから。」
何が、とは具体的に言わず、優しげな微笑みを浮かべる。
傍から見れば優しげで儚い存在に見えるのだ。
ただし、本当に見えるだけなのだが。
おそらくはそれを知らないアラブ風の男は好色な笑みを浮かべて二人を船内へと促した。
船内は豪華通り越して悪趣味一歩手前。金をここまでふんだんに使われると瑞樹はげんなりしてしまう。
(これはちょっと・・・。)
安藤も同じ事を考えたらしく眉を顰めている。
だが、遠されたパーティー会場となるのであろう場所は適度に落ち着いており、感じが良い物で。
立食式に並べられた料理は素材からして高そうな品々で溢れ、何故かビンゴゲームまで用意されておりその傍らには数人の着飾った男女が控えている。
ドアを開けると甲板で、其処にはピンク色のシャンパンが何本も用意されていた。
「何と言うか・・・ベタだな。」
後ろに控えていた男性が笑顔で料理を薦める。
とりあえずお腹は空いていたので、クラッカーの上にサーモンとオリーブが載せられたものを口にした。
「・・・・・・!」
驚愕の顔をした瑞樹にシェフが嬉しそうに微笑む。
「こんなサーモンは日本では手に入りませんからね。」
今まで食べていたサーモンがとてもあっさりとしたものだという事に今始めて気が付いてしまった。
オレンジ色のサーモンとは異なり、その間に1ミリ程の白い線が何本も入っている。
つまりは脂たっぷり。
それが美味しいのだ。
「美味しい!」
でしょう!と言わんばかりのシェフに思わず引き抜きの話をしそうになってしまう。
だがこの船を今日の為に作ってしまうくらいの金持ちの雇われシェフだ。頷いてくれる可能性は低いだろうと微笑むだけに留める。
ちなみに瑞樹は現在一人である。
安藤は言わずとも、という所。この部屋に入って10分程で別れたのだ。
(まあ、どうせ3時間もしたら戻ってくるだろう。)
結構酷い事を考えながら目の前で始まったパントマイムを観ながら絶品料理を楽しむ事にする。
黒豚の燻製焼き。(希少価値が高く、味は絶品だと言われているアレ。)
天草大王の焼き鳥。
そば粉のクレープ。
茶碗蒸し。
生麩田楽。
馬刺し。
ライスコロッケ。
茸御飯。
蒸し鍋。
偏っているこれらの料理はおそらく安藤が前もってシェフと打ち合わせて瑞樹好みに作られたものなのだろう。全て瑞樹の好物だ。
マジックやパントマイム、カルテットを楽しみながら自分の好みの味の好物を食べる。
少しでも瑞樹が退屈している様に見えれば傍らのいわゆる色男と清楚な美女が話題豊富な会話で楽しませてくれて。
それはとても楽しい時間を瑞樹は過ごしていた。
見た事の無い程の美貌の麗人が嬉しげにして楽しんでいる姿は眼福で、皆がもっと楽しんでもらおうとしていたその時。
1時間程前は慈愛の笑みらしきものを浮かべていた安藤がシャツとスラックス姿で眉間に眉を寄せながら会場に入ってきた。
きちんと着込んでいたはずのネクタイやジャケットはどこかに置いて来たのだろう。
何処かに。
不機嫌な様子で瑞樹の隣に素早く用意された椅子に座ると、楽しそうな瑞樹に少し苛立ちが治ったのか顔を和らげてスタッフの持って来た料理に口を付ける。
「うん。瑞樹好みですね。」
「ああ、とても美味しい。お前が頼んでくれたんだろう?有難う。このショーも楽しくて良いな。」
「そうですか。それなら良かった。」
すっかり機嫌は直ったようで、安藤も笑顔で料理を食べながらショーを楽しんだ。
ひとおおりショーが終わり、プレートに置かれたイタリア風のデザートをあと少しで食べ終えるという時瑞樹が爆弾を落とした。
「ところで。俺はあと2時間はかかると思っていたんだが。」
安藤の顔が固まった。
そうしてまわりのスタッフの行動も固まる。
何故ならこの船の主がこのパーティーを開いた理由を知っているから。
「・・・何かあったのか?」
その言葉に安藤は笑顔になった。
「いいえ。大した事じゃありませんから。」
あっさりと切り捨てられた船の主はというと・・・・。
自室にて沈没中。
「えっと・・・。物足りなかったのか?」
スタッフに冷や汗が流れる中、安藤はあっさりと応えた。
「当然ですね。私はこれでも期待していたのにこんなに駄目だとは思いませんでした。戻ったら誰かを呼び出さなくてはならないじゃないですか。まったく、これだから自称絶倫は駄目なんでしょうね。」
「お前には誰も叶わないと思うよ。」
「お褒めの言葉を頂いて嬉しいです、瑞樹。」
男のプライドを粉にされた船の主は意識を覚ましてもきっと部屋から出てこないだろうとスタッフ一同は思った。
「あ、シャンパン風呂が用意されていましたよね。一緒に入りましょう。」
瑞樹が食べ終えたのを確認すると、嬉々として腕を引いて甲板にあるジャグジーに向かう。
「別に裸になっても恥ずかしくないでしょう?」
「まあ、別に今更だしね。」
あっさりと二人揃って裸になると、控えていたスタッフは内心驚く。
とても肌理の細かい肌は輝くようで、二人は・・・特に瑞樹は神だと言われれば信じてしまう程だった。
だが、驚いたとしても職務はきちんと果たす。
二人が入ったジャグジーにシャンパンを惜しみなく注いでいく。
「このシャンパンの発砲するのが肌の刺激になって良いのだそうですよ。」
「じゃあ、炭酸でもいいんじゃ・・・・。」
「それでは楽しくないでしょう?」
楽しい会話を続けながらフルーツとシャンパンを飲む。
「楽しいクリスマスを有難う、栄。」
この頃何かと忙しかった瑞樹を楽しませたかったのだと分かっていた。
「いいえ、これからもよろしくお願いしますね。」
重ねたグラスから綺麗な音がした。
おわり
時間軸としては「愛おしい人」の時間軸になります。
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