変態と思われても仕方が無い 2



 

 瑞樹が熊さん(瑞樹は未だに熊さんの本名を知らない)に先日のお詫びとお礼と言われて出向いた先は小さな家だった。

 温泉の引いてある其処は携帯の電波が通じない為に仕事の電話が掛かってくる可能性も低く、日頃の疲れを癒すには丁度良い所である。

 安藤は他の者と旅行に出かけており、今回は三河と日向が共に居た(ちなみに冴口は別口で海外に出張中)。

 ログハウス風の其処は熊さんが持っている家の一つらしい。

 風景写真家である熊さんは世界中を飛び回っており殆ど留守なので夏はペンション経営を営む友人に貸し出しているのだという。

 今は秋という事もあり、山間のこの土地は若干寒い程なのだが確かに夏は涼しく良い避暑になるだろうと瑞樹は思った。

「落ち着いていい所ですね。」

 三河の言葉に日向と瑞樹は頷く。

 しかも家の裏の山々は全て熊さん所有。他人に邪魔される可能性も無い。

 更に残されたメモによると、熊さん所有の後ろに位置する山には自分で掘った秘湯があるのだという。

 結構温泉好きな瑞樹としてはこれは行かなければ、という思考に至るのは当然の事。  俊足で、言われたとおりの道無き道を行けばバラック小屋の横に木枠で作られた素人が作ったにしては立派な湯船があった。

 早速脱いで湯船に浸かると温度も湯の質もまさに極楽。

 タオルを巻いて風呂に入るなど邪道だと思っている瑞樹は当然裸だ。

 小鳥のせせらぎに森特有の緑の匂い。

 温かな日差しが頬に当たる中瑞樹は心底寛いでいた。

「あ〜。いいな、こんな土地売ってないかな。」

 思わず気に入った温泉地の別荘購入を考えてしまう。

 適温にうつらうつらしても温泉なので湯が冷える事も無い。

(いいな、やっぱり戻ったら温泉引ける土地を探そう。)

 あまりの気持ちよさに寝入ってしまった瑞樹。

 その姿は神のまどろみと言っても過言では無い程美しいが惜しいことに誰もその光景を見ていない。





 筈だった。

 



 まどろみの中瑞樹は何か違和感を感じた。

 バラック立ての着替え用の小屋とは逆の方向、森の中から視線を感じたのだ。

 それと何か、葉を踏む音の様なものがした気がする。

 瑞樹は長い睫を震わせて瞳を開く。

 するとやはり何か音がした。

 瑞樹はこの音にとても・・・そう、最近とても敏感になっていたので微かな音にも反応して起きたらしい。

 この音は。

(カメラのシャッター音だ。)

 気付いていない振りをしてゆっくりと伸びをするとやはり確かに音がする。

 持参した桶の中から文庫本を取り出して読もうという仕草をして。

 思い切り本をシャッター音がする方向に投げた。

「うわっ!」

 声はかなり遠くからする。

 瑞樹は湯船から出てそのままの格好で走って其処に行くと。





 望遠レンズ装備のカメラを抱えて額を抑えた状態でうつ伏せの熊さんと。



 望遠鏡を(しかもそれは二○ンの十数万はする代物)首から下げた状態で熊さんの下敷きになって目を閉じている安藤が居た。





「・・・・・・・・・・・・・何しているんだ。」

 本当に何をしているんだと心底呆れてしまう。

 思わず熊さんの肩に片足を載せる。

 体重を掛けると下敷きになっている安藤は眉間に皺が寄った。

「い、痛いです、重いです瑞樹・・・。」

「痛いようにしているんだから当たり前だろう。」

 痛みの為に目尻に涙を浮かべた安藤が目を開くと。

「み、瑞樹っ!あうっ!!!!!」

 鼻血を出した。

 かなりシュールな光景である。

「・・・・・どうしたんだ。」

 安藤は鼻血を出しつつ震えながらも懐からデジタルカメラを出して。

 写真を撮った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい。」

「瑞樹っ、瑞樹!そ、そのアングルはっ!!!!!」

 興奮している安藤というのは珍しい。

 だがこの状況で興奮されても珍しいなと思う前にはっきり言って気持ち悪い。

 正直に言ってしまうと、自分は共犯者というか腹心というか永遠に近い時間を共にする相手として安藤を選んで本当に良かったのかと自問自答してしまう位には。

「あ、瑞樹!見捨てないでください!!!!」

 長年の付き合いのせいか、瑞樹が考えた事を察知した安藤は気絶した振りをしている熊さんを正真正銘気絶させてからその巨体の下から抜け出す。

「・・・・・・そのデータを消したら考える。」

「そんな!これは・・・・・これは駄目です!私の宝物なんです!瑞樹、お願いですから。」

 いつからデジカメが宝物になったのだろうと思わず思ったが今一番願う事を瑞樹は口にする。

「とりあえず鼻血をどうにかしてくれ。」

 頼むから、という言葉をかろうじて飲み込む。

 何となくその言葉を付けたら駄目な様な気がしたので。

「あ、はい。失礼しました。」

 慌ててハンカチを取り出して顔を拭くが、時既に遅く、服に血が付着した後だった。

 だがコートは無事だったのでそのコートを瑞樹に羽織らせる。

「瑞樹、裸は物凄く素敵過ぎて毒ですので着てください。でも何で裸なんですか。」

「温泉に入っているのに服を着ているわけないだろう。」

 正論を言うと安藤は黙って瑞樹を促す。

「熊さんはいいのか?」

「大丈夫です。殺しても死なない奴ですからね。」

 笑顔で促され、この格好では寒いこともあり大人しくそれに従う。

 そうして湯船の所まで戻ると掛け湯をしてから再び入る。

 安藤もバラックの中で脱いで入ってきた。

「良いお湯ですね。」

 笑顔である。

 満面の笑みである。

「お前が熊さんを唆したんだろう。」

 横目で見ると安藤は笑ったままだ。

「それよりここのお湯の質、いいと思いませんか?」

「え?ああ。いいと思う。」

 かなり気に入っている瑞樹は正直に頷く。

「熊が気に入ったのならこの山を売ってもいいって言ってますけど。」

「つまりメインはそれなんだな?」

 渋面を作って問うと安藤は頷く。

 彼等にとってメインは入浴姿の撮影。

 瑞樹にはこの温泉のある山の売買。

「安くさせる事は約束させていますし、ウチの不動産担当のものを使いますから。」

 つまりそれを条件に瑞樹の入浴姿の撮影を許可したらしい。

 自分も欲しがる事を考えると安藤には一挙両得。

「・・・ちょっと熊さんが可哀想になった・・・。」

「大丈夫です!瑞樹に踏まれて熊はそれこそ極楽気分ですからね!」

 温泉付きの山と入浴姿の写真。

 どちらを取るかは明白である。

「・・・・・・・・・・・・・そう。」

 溜息一つで了承した事を示すと安藤は嬉しげに微笑む。

 その本当に嬉しそうな顔を見てやっぱり何か間違ったかもしれないと思った瑞樹だった。







 秘湯から帰ってきた瑞樹の後ろに安藤が居るのを視認した日向と三河はやはり、という風に陰で溜息を吐いた。

 






                          おわり








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