変態と思われても仕方が無い



 

 その日、いつもの様に安藤の運転で事務所に向かったのだが・・・・。

 半分夢の中だった瑞樹が目を覚ますと其処はどう考えても事務所ではない場所だった。

「・・・・・・此処は?」

 妙にだだっ広い空間に水色の大きな紙がぶらさがった場所やカーテンで遮られてる箇所などを考えると此処は。

「撮影所?」

 寝惚け眼を僅かに擦りながら再度見渡しても目の前の光景が変わる事は無く。

「瑞樹、目を覚ましたのですね。」

 ソファーに寝かされていたらしい自分の体には毛布が巻きつけてある。

「うん。ここって何。」

「何って、瑞樹約束したでしょう?」

「約束?」

「私の願いを叶えてくれるって。」

 頬を紅潮させて喜々としながら渡されたのは巫女衣装。

 しかも一般的なものでは無く、奉納舞の時の衣装だ。

「とりあえずはこれに着替えますから。」

 黙って立ち上がると安藤の介添えによってあっというまに着替えと化粧が終わり、カメラの前に立たされる。

 そこで漸く安藤以外の人間も居るのに気付いたが、まだ眠気の去っていない瑞樹はされるがまま。

 何回かフラッシュが焚かれた後再び着替えさせられる。

 次は直衣。

 その次は女房装束。しかも氷重ねと紅梅。

 カメラマンと一緒にさくさくと着替えさせられた。

「・・・・・どうして着付けが出来るんだ?」

 ぼんやりとした声で疑問を口にすると安藤は喜々として、だが柔らかい声で答える。

「瑞樹に着せたくて、知り合いの時代考証をする人に習いました。」

 ふふふ、と実に、実に楽しげに着付けられた装束ははっきり言って重い。

 一般的に女房装束は十二単と言われ、約8〜10Kgもある。だが実際の所禁中では12枚以上重ねてきていた為に女房装束と呼ばれているのだ。

 その正式な衣装の為にもしかするとかもじ(つけ毛)も合わせて10Kg以上あるかもしれないそれは本当に重い。

「重い・・・・・。」

 腕を上げるでさえ面倒な位重いのだ。

 重さのお陰で眠気が飛んだ瑞樹の機嫌は下降気味になってくる。

「直ぐ終わりますから。脱ぐのは一瞬ですよ〜。」

 にも関わらず物凄く機嫌の良い安藤のテンションの高さは変わらない。

 その言葉通り取り終えて肩から滑り落とすように抜き取られると肩が一気に軽くなった。

「本当に安藤さんは力があるねぇ。」

 それまで一言も喋らなかったカメラマンが始めて発言した言葉に、視線を向けると安藤と同じく喜々としている熊顔の男が立っている。

「・・・・・・・・・安藤の知り合いか?」

「でないと此処に呼べませんからね。」

「じゃなくて・・・。」

「私はこんな熊とは寝ませんよ?」

 満面の笑みで言われた瑞樹は顔を横に背けた。

「じゃあ、次はこれで行きましょう!!!」

 出された衣装は唐時代の衣装。後宮の人間が着ていそうな華やかなそれは当然女物。

 溜息を吐いた後黙ってされるがままになっていたのだが、それが終わると次は飛鳥時代の衣装に、清時代の衣装。化粧を落とされた時はやっと終わったと内心喜んでいたのだが、再び化粧を変えられて16世紀に流行したドレスに同時代の為政者の服、今度は化粧なしで騎士の格好と続けば眉間に皺が寄るのも仕方無いと言えるのではないだろうか。

 眉間の皺が深くなったところで渡されたのは上質な布を使ってはいるが真っ黒スーツに黒いネクタイ。

 黙って着替えればトレンチコートとステッキ、黒い皮手袋、黒い帽子をオプションで付けられてフラッシュを焚かれる。

 ついでにサングラスとマフラー付きバージョンまで。

「・・・・なあ。」

「素敵です!素敵です瑞樹!!!!!かっこいい〜!!!!!!」

「本当にいい!これはいいよ!」

 興奮状態が恐ろしい程の二人には瑞樹の静かな抗議は聞こえるはずも無く。

 頬を紅潮させて寄って来た安藤は皮手袋を付けた瑞樹の手を帽子に遣ってから物凄い速さで傍から離れる。

 体は瑞樹に向けたままで。

「ああ、これもいいよ!安藤さん、有難う!!!!!俺は人生で一番楽しい仕事をしているよ!」

「当然ですよ!瑞樹程美しくてかっこいい人なんてこの世にいないのですから!」

「全く持ってその通りだ!・・・・・ところで革張りの椅子に鎮座してもらうのはどうだろうか?」

「持ってきます!」

 そうして数十秒後には座らされる。

「瑞樹さん。もっと心の底から自分より格下の相手を睥睨する感じでこっちを見て!」

 この二人は絶対に満足するまで自分を放さないだろうと判断した瑞樹は溜息を吐いた後、肘掛に手を置き顎を上げて見下した表情を作った。

「わ〜っっっ!!!!!!瑞樹かっこいいです!素敵です!最高です!そんな感じで熊を心の底から見下してください!」

 括られた髪を即座に手前に流すように垂らされて、同じ格好同じ顔を作ると熊男はカメラの前で悶絶する。

「いい、いいよ!この心の底から見下した感じ!」

 そのままの表情で瑞樹は内心おもった。

(この二人、変態仲間なんだな。)

 熊と美貌の人だが紅潮した頬と潤んだ瞳は同じ。

 溜息を吐くとそれにもフラッシュが焚かれる。

「その心の底から呆れた風もいい!」

 そうしてマフィアバージョンを取り終えると再び化粧を施されて次はチャイナ服。

 足首まであるそれはスリットがかなり深い。

「妖艶に笑って!」

 満面笑顔の二人に言われてその顔を作ると興奮した二人は更に叫び、足を曲げてくれだの銃を持ってくれだの鞭を持って欲しいだの、清楚な感じで微笑んで欲しいだの、もうめちゃくちゃだ。

「なあ、」

「はい!」

 次はJ○Lの添乗員の服を着させられている最中に瑞樹は安藤に尋ねる。

「この服や付属品はどうしたんだ?」

 疑問は最も。ハンガーに掛かっている服や桐箪笥に仕舞われている衣装はそれこそ時代衣装から現代のものまで様々で、レンタルするにしても良い物ばかりな上に瑞樹のサイズピッタリなのだ。

「私が10年かけて集めました。だって瑞樹に誰かが着ていた服なんて着せたくありませんからね。」

 自慢げに言う安藤を見て瑞樹は思わず天井のライトを見つめる。

「10年掛けて集めたって・・・。」

「以前から色々な服装をした瑞樹の麗しい姿を写真に残したいと思っていたんですよ。」

 あっさりと当然の様に言われてしまい、瑞樹は安藤の自分への執着心の凄さを改めて実感してしまう。

「でもよくこれだけ集められたな。」

 特に女房装束なんて半端では無い値段だろう。借りるだけでも高そうなのに、キチンと揃えたものなのだから。

「まあ、確かにそれが一番注文してから時間も掛かりましたし値も張りましたけど、その甲斐はありました。半分夢の中の瑞樹の顔は可愛らしくて神秘的なので絶っっっっ対にこれが合うと思っていたんです!」

「・・・そう。」

「また機会があれば着て欲しいなと思っています。」

「あれ重かったよ。」

「すみません。つい気合が入ってしまって、注文するとき言われたにも関わらず完全再現して欲しいと言ってしまったのですよね〜。」

 喜々としてスッチーの衣装のチェックをしながら謝る安藤は恐らく舞い上がっていて瑞樹の訴えなど聞いてもいないだろう。

 ちなみにこの格好の要望は知的だが優しそうな笑顔で、というもの。

 その次は振袖。更にその次は江戸時代後期の武家の人妻の衣装、図柄は刀の鍔。(それと松の図柄が入った打ち掛けバージョンと二通り)。

 振袖は初々しそうに、武家の人妻風は意思が強くプライド高そうな感じでという難しい注文をされた。

 そして19世紀の可愛らしいドレスの後はセーラー服。これも初々しい感じなのと機関銃を持たされ、ナース服では注射器を持たされ笑顔でフラッシュが焚かれる。

 現代淑女の正装である背中の大きく開いたドレス。これは背中越しに振り向くという構図と深くスリットの入った場所から銃が見えるという構図を取らされ、婦警の制服の場合は警棒を持たされた。アラビアンナイトの世界の踊り子風(だが大人しめでアレンジが加えてあるもの)では実際に踊って艶やかに微笑んでも見せた。

 既に気分的に疲れている瑞樹はひたすら従順に言われた通りの事をこなし続ける。

 時代がかった服装やその状況設定の度に化粧を変えられても、男女関係無い衣装を着て女王様やお姫様やお嬢様や貴族を演じても、鞭を振るって狂喜の舞を見せられても只管従順に写真を撮られ続けたのだ。

 だが、それもこの衣装群に入るまではの事で。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは何。」

 乗馬鞭を持って乗馬服の格好で片足に重心を傾けながら偉そうにするのまでは許容範囲だったのだが、これは、とさすがの瑞樹も思う。

 何故ならば。

「だって似合いますよ!素敵です。かっこいい!惚れ直します。」

「本当に魅力的だなぁ。」

「どこが。」

 20世紀初頭の英国紳士をイメージした格好、タキシードを皮切りにその他男性のドレスコードの服装を次々と着せられたのはいい。

 だが、正装は正装でも。

「軍服は無いだろう。しかも本物。」

 今現在着用しているのは旧日本海軍の将校の軍服。その前は現在のアメリカ海軍将軍クラスの軍服だ。イギリスのは海陸を着せられ、次に用意されているのはナチ親衛隊長の軍服(ご丁寧にも全て階級が分かるようになっている)で、それぞれの軍御用達の刀やサーベル、銃が全て揃えられているのだ。

 しかも全て本物。

「本当はロシアのも揃えたかったのですが、間に合わなくて・・・・・。第二次世界大戦当時のフランス軍のは似合わないと思ったので省きました。瑞樹には海軍の軍服が似合いますね。」

 うっとりとした目は逝っている。

 横の熊男まで同類なのだ。

「私は今瑞樹に撃ち殺されても本望です。」

 手を合わせながら拝むように(だがやっぱり頬は紅潮している)されて瑞樹の眉間に皺が寄る。

 恍惚としながらもカメラマンとしての仕事を終えた熊男は安藤に次を促す。

「安藤さん、次にしないともう直ぐ借りている時間が終わってしまうよ。」

 その言葉に安藤は目を丸くした。

「え・・・かなり余裕をとって借りたのですけどね。」

「瑞樹さん魅力的だから。全部着せても似合うとは思わなかったよ。」

 どうやらこの衣装全て着せる気は無かったらしいのだが、結局全て着て写真を撮っているのだからこの二人は何と言うか、恐ろしい。

 熊男の言う事を頷く事で返事として安藤は手早く次の衣装を瑞樹に着せる。

 SSの親衛隊長のもの何て外で着れば大騒動間違いなしなのだが、実際そうなったとしても安藤は何処吹く風だろう。

 諦めの表情の瑞樹は黙ってカメラの前に立ったのだが、持たされた鞭に眉が寄る。

「・・・・・・・・何故鞭。」

「「似合うからです!!!!!」」

 はしゃぐ二人に溜息を吐いた後、鞭を見ると妙にしっくり来るものだと気付く。

「気付かれましたか?それ、特注なんです。熊の知り合いに作ってくれる人がいて。」

「こっそり仕事中の瑞樹さんを見させて作らせました。どうですか?良いでしょう?そいつも物凄く興奮して寝ずに作ったんですよ!」

 嬉しげな安藤と熊男に瑞樹の長い堪忍袋の緒が切れた。

「お前等・・・・・人で遊ぶな!」

 持っていた鞭を振るい、二人の間に走らせると。

「凄い!瑞樹、素敵です!この一撃は最高です!背筋に電気が走りました!こんな興奮は初めてです!」

「いい、いいよ!俺、今の撮った自分を褒めたい!!!!!!」

 喜ばれた。

 それはもう今までに無いほど喜び続けている安藤が更に喜んだ。

 熊男もむさい顔を今まで以上に紅潮させて目には涙まで浮かんでいる。

「瑞樹、それ私に向けて振るってください!受けてみたいです!」

「いや、俺にお願いします!」

 目を血走せて迫る二人はハッキリ言って気色悪いとか気持ち悪いとか通り越して。

 恐ろしい。

「あ、あの・・・・・もうこれで終わりだよな?」

 既にこの格好でフラッシュが数回焚かれていたので尋ねると、安藤は興奮状態から脱しないまま頷く。

「ええ、これがラストです!だから瑞樹!もう一度その格好で鞭を!あ、何なら始めのマフィア風の格好でもOKです!備品が壊れても弁償すればいい事ですから!ね!私に対してでは無くてもいいですから、この熊か物にでも!」

「俺に先に振るって下さい!瑞樹様!」

 いきなり様付けに変わっていた。

 瑞樹は恐らく人生の中で数回しかないだろう恐怖を味わいながら震える唇を開く。

「と、とりあえず、二人とも後ろを向いて欲しい・・・・。」

 鞭を振るうのはいいのだが、それ以上にこの二人が切実に恐い。

 瑞樹の台詞に二人は喜々として後ろを向いたので、自分でも最高記録ではと思える程の速さで此処に来るまでに着ていたスラックスとシャツに着替えて脱兎の如くその場を後にする。

 二人の叫び声が聞こえたが、ひたすら逃げてその日は家に帰らなかった。





 後日。

 とりあえず自分の興奮状態を自覚した安藤は瑞樹に少しだけ愚痴ったが、その時届いた写真集に狂喜乱舞して夢の世界へと飛んでいった。

 そうして瑞樹が着た衣装は処分される事も、売られる事も捨てられる事も無く、再度の出番を待っている。数とオプションを増やして。

 


 
 

・・・・何か想像以上に安藤が変態入ってしまいました。安藤はずっとこれをさせたくて衣装を集めていたのですよ。痛いなぁ。この写真集は安藤が永遠に持ち続けます。そして安藤に黙って熊はこっそりと自分の分も作ったのはまあ、当然の事ですよ。ちなみに熊は真性の変態というよりは美しいものが大好きな人なだけです(意味の無いフォロー)


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