今年こそは





 椎原雅伸は眼光鋭く前を見据えていた。

「落ち着いてください。」

「これが落ち着けるか。」

 眉間の皺が限界まで深くなる。

「まったくっ・・・!俺が今日の為にどんなに心身削って働いたと思っているんだ!」

「ええまったくです。」

「佐々木は。」

「部屋に縛って仕事させています。・・・明菜さんに見張らせて。」

「・・・俺も譲の監視下で働きたいものだな。」

「仕事しないでしょうが。」

「そうだな。」

「まあ、この復讐は相手側を明後日以降たっぷりと痛めつけることで」

「ああ、そうするとしよう。」

 そうは見えないが、実は工藤も少々頭に来ていたのである。

「まったく・・・せっかく準備したバレンタインが無駄になるではありませんか。」

「去年の挽回を図っているというのに。」

「ええ。」

 苛立ちながら歩く二人は護衛が追いつけない程早く歩いており、道行く人が後ずさる所か逃げて去っていく程度には極悪な雰囲気を醸し出していた。

 そう。

 只今の時間、午後8時。

 本日の日付、2月14日。

 聖バレンタインの日であり、日本ではお菓子メーカーの陰謀渦巻く日なのであった。


 


「ご主人様ぁ。」

 愛らしい声に譲は笑顔で振り向く。

「どうしたの?にと。」

「これ、よかったら食べてください。」

 差し出されたのは和菓子。

 生菓子の上に少しだけ載っているのは薄くスライスされたハート型の小さなチョコレート。

 上質ものだがともかく大量にチョコレートを貰う譲を配慮したその気持ちに譲の顔は自然と綻ぶ。

「ありがとう。」

「お兄様と二人で作りましたの。」

 兎顔の目が僅かに細まり、ロボットとは思えない程幸せそうな顔になった。

「そう、じゃあ、とても美味しいだろうね。」

「・・・お兄様はお茶を淹れる事は出来ても料理が出来る様には設定されておりませんの。」

 つまりは軽い手伝いのみという事である。

「それでも二人で協力して作ってくれたんだから美味しいに決まっている。」

「・・・ご主人様は本当にお優しい方ですね。」

「そうかな?」

「ええ。お傍に居る事が出来て本当に嬉しいです。」

 微笑むにとの顔に癒されて譲は差し出されたお茶を飲みながらゆっくりと和菓子を食した。

 餡子はさすがに合わないと判断されたらしく、中身は生クリームとスポンジ生地と苺が入っており美味である。

 小さいので本日貰ったチョコレートを一粒ずつ全て摘んで満腹の譲にも無理せずに食べる事が出来た。

「美味しかったよ、ご馳走様。」

「喜んで貰えてなによりです。」

「ところで護朗は?」

「・・・お兄様はあそこです。」

 向けられた目線の先はドアの外。

 隠れているつもりかもしれないが、硝子越しにしっかりと足と丸い尻尾が見えている。

「護朗、美味しかったよ。ありがとう。」

 譲が声を掛けると毛が逆立ち、ひゃぁ、という声の後小さな足音で去っていった。

「まあ、お兄様ったら。」

 にとが溜息を吐くと譲は笑う。

「意外と照れ屋だから。」

「そうですわね。」

 兄大好きなにとは溜息を吐いた顔で笑っている。

「でも本当に嬉しかったよ。」

「お好みのお菓子が御座いましたらまた作ります。もっとも菓子職人の手で作られたものと比べれば味の質は落ちてしまいますが。」

「僕は、護朗とにとが作ってくれたものなら何でも嬉しいよ。」

「まあ、嬉しい事を。」

 和やかな雰囲気の中、それと、とにとが話を変えた。

「ご主人様の最愛の方であり甲斐性なしのお方の処置はどうなさいますか?ええと・・・簀巻き、でしたかしら・・・になさいます?」

 簀巻き。

 護朗も中々に過激だがにとも流石きょうだいだけあって過激なのかもしれない。

「・・・いや、簀巻きはちょっと。雅伸さんも一所懸命休みを取ろうとしていたのだし。」

「でもバレンタイン、誕生日、クリスマスに休みを取る事すらできない甲斐性なしはそれ相応の処置が必要だと・・・ええと、習いましたわ。」

 誰に。

 という突っ込みは譲には出来なかった。

「工藤さんと二人で色々計画立てていたのは知っていたからそれだけで嬉しいんだよ。だからいいんだ。」

「そう、でございますか?」

「うん。それに。」

「それに?」

「そのお陰でこうして二人からのバレンタインを貰って楽しい時間を過ごす事が出来たから。」

 去年とは違い、一人では無いのだ。それだけでも譲にとっては楽しいバレンタインである。

 自分の持つ店のスタッフから、知り合いの女性達から、仲間内から。皆、今日は雅伸が忙しい事を知っており気遣われた。

 それだけでも嬉しいと思うのに、こうして護朗とにとが傍に居る。

 譲は今日一日笑顔だった。

「とても素敵な一日だったね。」

 にとの頭を撫でるとドアが開いて護朗が駆けて来た。

 護朗の頭を撫でると二人から嬉しげな雰囲気が伝わってくる。

「来月は楽しみにしていてね。」

「「はい、ご主人様。」」

 自分の子では無いが子同然に思っている護朗とにとを見て譲は和やかな気持ちで一日を終えようとしていた。



 逆に。

「・・・・まだ、終わらないのか。」

「終わりません。」

 極悪な顔をしている二人の腕に嵌っている時計の針は12時5分前。

「・・・あと五分で今日が終わるんだが。」

 八つ当たり気味に色々と邪魔してくれた某相手に対して攻撃した為益々仕事が長引いている二人の血管は切れる寸前。

「今年こそは、と思ったんだがな。」

「私も今年は譲さんの喜ぶ顔を、と思ったのですけどね。」

 控えている部下は生きた心地がしない。

 顔面蒼白になりながらも一応立っているが、失神寸前である。

「この落とし前、どうしてくれるんだろなぁ?」

「そうですね、どうしてくれましょうか。」

 暗い笑みを浮かべる二人のお陰で寒い室内は益々寒くなっていく。


 その日、一番不幸だったのは、椎原と工藤に従っていた部下Aかもしれない。




 


ラブラブは多分どっかにいきました。管理人は只今絶賛護朗とにとを応援中です。

 

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