願い事行き着けのケーキ屋に行くと笹が飾られていた。 「ああ、七夕なのですね。」 そう言って微笑む譲に店員は微笑む。 「今月半ばまで飾られますので一枚どうぞ。」 既に仕舞われていた短冊と筆ペンをわざわざ取ってきて渡してきた店員に礼を言ってから譲は願い事を書き込む。 自らの手で飾らずに店員に渡したそれを受け取った店員は微笑んで頷く。 「はい。確かにお預かりします。」 意図をしっかりと理解してくれたその店員に目線だけで謝意をあらわしてからケーキを適当に注文して店を出る。 「譲さん、どうして結ばなかったのですか?」 比較的仲の良い三和会の者が訪ねたが、譲にしては珍しく曖昧な笑みを浮かべてごまかす。 椎原の情人である譲にそれ以上聞ける筈も無くその場はそれきりだったのだが男が工藤にその事を報告すると工藤は翌日そのケーキ屋へと足を運んだ。 「いらっしゃいませ。」 譲が好む事もあり、この店は工藤自身も月に数回程足を運ぶために顔見知り程度にはなっている。 ケーキを数種類注文してから笹を眺めると譲の文字を見つけてその短冊を読む。 「・・・成程だからか。」 工藤の整った顔が微笑むとケーキを詰めていた店員の手が止まり、頬が赤くなる。 「それと焼き菓子とチョコレートの詰め合わせも頼みます。」 振り向いて工藤が追加注文したことで我に返った店員は頷いて聞かれもしないうちに贈答用に包んで袋に入れた。 「お、お待たせいたしました。」 渡されたそれを受け取って工藤は上機嫌で店を立ち去っていく。 スーツの上からは細身見える上にインテリの雰囲気を醸し出している工藤は女性に人気がある。 その工藤を見送った店員は甘い溜息を吐いたのだった。 その一時間後今度は運転手から昨日の出来事を聞きだした佐々木が店を訪れた。 顔と服装がとても良く合っているのだが、如何せん軽薄な雰囲気とあきらかない堅気では無い佐々木に店員は警戒心を抱く。 「いらっしゃいませ。」 自然と体が固くなってはいたがそこは接客のプロ。しっかりと笑顔を作る。 白スーツに派手な柄物のシャツを着ているというありえない格好をした、だが何故か似合っているという佐々木は笹のほうへと足を向けて覗き込む。 「ああ・・・・そういう事か。」 機嫌よく頷いてからショーケースの前に立つとあっさりと注文する。 「ケーキを20・・・いや30個、適当に詰めてくれ。」 「社長〜、誰がそんなに食べるんですか?」 控えていた普通の紺色のスーツを着た若い男が尋ねてくると、お前、と佐々木は言う。 「おれ、甘いもの苦手なんすよ。」 「冗談に決まっているだろう?店の女の子達に持っていくんだよ。」 「30人もいましたっけ?」 「スタッフ合わせるとそれくらい居るだろうが。そうだ酒井、お前の女の所にも持って行ったらどうだ?」 悪ふざけを考え付いた顔で男に言う佐々木に酒井は俯く。 「・・・・社長ぉ・・・俺が振られたばっかりなのを知っていてその台詞を吐くんですかい。」 「惚れてるなら奪え。」 「それが出来るのは社長くらいですよ・・・・あとは会長?工藤さんは画策して手に入れそうですけどね・・・・・。あ、譲さんには買わないのですか?」 「譲さんには工藤が買っているだろうから買っていくと逆に迷惑になるんだよ。・・・・・いい茶葉でも買っていくか。」 うん、と頷いてから佐々木はケーキの入った箱数個を酒井が受け取るのを確認してから店を出る。 「あの、おつり・・・。」 急いで店員が駆け寄るがあっさりと断って車で去っていった。 「・・・どうしようお釣り。」 店員は困りつつも店に戻り笹の前に立つ。 その中にある一枚を手に取ると困り顔を微笑みに変える。 「“僕の周りに居る大事な皆が幸せになりますように”・・・か。素敵だな〜。」 時々来る可愛らしいと言える痩身の足の悪い人は周りから大事にされていると一目瞭然の人で、その想いに相応しい心を持っていると知ると嬉しくなってしまう。 社会に出ればそんな気持ちなどあっさりと吹き飛んで、建前ばかりになってしまうからこの短冊に込められた想いが本当だと感じられるだけに心温まる情景に映った。 先程のある意味迷惑な客も、エリート然とした客もこの短冊を見に来たのだ。 この短冊の主はあの人たちの幸せを願っていたのだと今は知っている。 その心と気持ち一つで人を幸せに出来る短冊の主を思い浮かべて店員は幸せを分けてもらった顔で笑った。 創作目次へ |