ハロウィーンにお菓子はいらない帰ってきた椎原がスーツを脱ぐのを手伝いながら先ほどまで見ていたテレビを思い出して、譲は思わずつぶやいた。 「トリック オア トリート」 小さな声だったが椎原にはしっかり聞こえてしまったようだ。 「ここには無いもないからな。悪戯は何をするんだ?」 譲を抱えてソファーまで歩いてから譲を丁寧に降ろす。 「え・・・言ってみただけだから。特には何も。」 「そうか?俺はお前が何を思いつくか楽しみにしていたんだが。」 「・・・でも今日はハロウィンじゃないですから。」 ハロウィンなんて気にした事も無かったので椎原は気付かなかった。 「・・・・・そうか。そうだな。」 その沈黙が譲は気になったが笑顔でキスを求めてくる椎原に応えていくうちにその事自体を忘れた。 ハロウィン当日。 譲は荒川と一緒にショッピングモールに来ていた。 「ねえ、荒川さん。今日がハロウィンなんですか?」 「さあ。どうでしょうか。」 首を傾げる荒川に譲は小物が売ってあるショップを指差す。 「だって、ハロウィーンの横はクリスマスになっていますよ。」 「何でもイベント事の変わり目はこんな感じですよ。」 「・・・そうなんですか?」 椎原と暮らし始めるまでこういう事に関心が持てる程精神的余裕を持てなかった譲には分からない事だった。 「あ、これなんか可愛いですよ?健人君にどうですか?」 蝙蝠のぬいぐるみを指差す。 「はあ、しかし健人はまだ一ヶ月なのでこれは分からないと思いますが。」 今日の買い物の目的は先月生まれた荒川の長男にプレゼントを選ぶというのが目的なのだ。半ば本気で断った荒川だが譲が嬉々として選ぶ様を見て断るのを諦めている。 「あ、そっか。ここは子ども用のおもちゃも売ってあるし、そっちに行って決めようかな。ベビーカーとかチャイルドシートはもう買ったんですか?」 「いえ、まだです。」 というより最低限しか購入していないのだ、と答えると譲は満面の笑みでベビーコーナーに行って店員に必要な物を聞いている。 結局消耗品以外一歳過ぎるまで何も買わなくても良いのでは、と思うほど買い込んでから大きなものは託送依頼して休憩するためにカフェに入り椅子に座ると溜息が出た。 「あ・・・やっぱり里奈さんと一緒に選びたかったですか?」 申し訳なさそうな顔で尋ねてくるので慌てて首を振る。 「いいえ。とんでもない!ただ、健人の為にここまでしてもらうのは申し訳ないというか・・・。」 「だって、里奈さんにお腹触らせてもらったり、疲れているのに病院にお見舞いに行って健人君を見せてもらったりして迷惑かけているし生まれた時から知っているから可愛くて。それに名付け親ですから僕も健人君のものを選ぶのは楽しいんですよ。」 言葉の通り健人の物を選んでいる時譲の顔はとても輝いていた。そうして先ほどの蝙蝠も子どもが持っても大丈夫だと店員に言われて購入済みだ。しかも二つ。 「健人もそこまで気に掛けて貰って光栄です。」 「それに何となくだけど雅伸さんに似ていないですか?」 そんな恐れ多くて考えた事も無かった事を言われて荒川は驚く。 「そうですか?」 「うん。涼しげな目元とか。まあ、里奈さんも雅伸さんの従兄妹だから血は繋がっているのだし当然といえば当然だけど。」 尊敬する会長に似ていると言われて嬉しくないはずが無い。 「有難うございます。」 「え、そんなお礼を言われる事は言ってないですよ?」 笑う譲の手元には季節限定パンプキンパフェが置かれている。それを上品な仕草で食べながら譲の目線はクリスマス商品に行っていた。 殆ど譲専属のボディガード兼運転手になっている荒川には譲の今考えている事が分かり、内心冷や汗を流しながらどうやって譲の関心を他にやろうかと考える。 「ゆ、譲さん!」 「どうしたんですか?慌てた声を出して。」 「え、ああ。珈琲が熱かったので変な声が出てしまったみたいです。それより会長にプレゼントなんて選んでみてはどうでしょうか?日頃の感謝を込めてというか・・・。」 「でも雅伸さん服は全てオーダーメイドですから。」 「そのスーツに合うネクタイとか、ライターなんてどうでしょう。」 「日頃の感謝・・・。」 考え出した譲に荒川はほっとして妻の里奈から聞いたアドバイスを話した。 マンションには直接帰らずスタイリッシュな建物の事務所に寄り、荒川と譲が購入した荷物を荒川の車に移し変えていると後ろから声が掛かった。 「随分買い込んだな。」 苦笑して見守るのはここの長である椎原。 「うん。健人君に。」 頬を紅潮しながら買ったものを言う譲に椎原は同情の目を荒川に向けた。 「ご苦労だった。」 荒川の心労を察して労わる椎原に荒川は慌ててしまう。 「いいえ、そんな。」 「譲、程ほどにな。こいつはうちの部下だから色々と気苦労があるんだ。あまり贔屓すると荒川が苦労するんだぞ。」 「えっ・・・。」 そう言うことは思いつかなかったらしい譲は申し訳なさそうな顔で荒川に謝罪した。 「ごめんなさい。気付くべきでした。」 「いえ。お気持ちは嬉しいですから。」 会長の従兄妹を嫁に貰って同僚から色々と言われている荒川は気にしませんとは言えない。 「それより譲。」 「はい?」 「トリック オア トリート。」 「・・・・・はい?」 「今日はハロウィンだぞ。お菓子を持っていないのか?」 「え・・・・持って・・・無い。」 「じゃあ、悪戯決定だな。」 楽しそうに譲を抱えて歩き出す椎原に荒川は何と反応して良いか分からず立ち尽くしてしまった。 たどり着いた先は某有名ホテル。 そこの最上階に行ってノックをすると艶やかな声と共にドアが開かれる。 「はい。譲君。トリック オア トリート。」 と同時に渡されたのは・・・。 「猫のカチューシャ?」 「猫耳って言うんだよ。ついでにこれも。」 「・・・・・しっぽ?」 「そう。衣装に付いているんだよ?」 上下の分かれている衣装は何の変哲も無い黒。ただお尻の部分に尻尾が付いているというのが普通とは違うのだ。 「これを・・・僕が着るんですか?」 健人君なら似合うだろうな、と軽く現実逃避してしまう。 「当然。だって悪戯されるのは君だからね。」 あはは〜と美貌の人は笑って促す。妙な迫力を持つこの人に逆らえた試の無い譲は諦めて隣室に着替えに行く。 「これで貸しひとつだから。」 「・・・たったこれだけでか?」 「あれお手製だから大変だったんですよ?何なら今からご自分で探しに行きますか?」 わざと敬語で言われて椎原は諦めた。 「わかった。今度手を貸す。」 「では俺はこれで。」 手を振りながらドアを閉められ思わず溜息が漏れたが、隣室で着替えている譲の事を思うと思わず笑みが零れる。 「あの、着替えました・・・。」 小さな声で、恥ずかしげに姿を現した譲に椎原は益々笑み崩れる。 小さな細い体にジャストフィットしたその愛らしい姿。 そしてそれを恥ずかしがって頬染める態度。 すべてにそそられた。 「俺も変態の仲間入りか?」 独り言を言うと譲が首を傾げる。 「今何か言いましたか?」 「いや、何も。」 誤魔化して譲を両手で抱えると窓側に設置された一人掛けのソファに腰を降ろす。 「・・・綺麗な夜景。」 うっとりとして外の風景に見蕩れる譲の顔をゆっくりとこちらに向かせる。 「さて、俺の番だな。」 触れるだけのキスを額から頬、鼻、唇の端にして深く重ねる。 離した時には譲の瞳は潤み、唇は赤くさらにキスを、と誘っているようだ。 「・・・・まって、あの、これ。」 手に持っていた箱を渡されて開けてみれば、ワインレッドのネクタイが。 椎原はそれを見て苦笑した。 「これじゃあ、悪戯が出来ないな。」 笑う椎原に譲は意味を悟り頬を赤らめた後耳元で囁いた。 「これは・・・・・・・お菓子じゃないですよ?」 誘う言葉に二人の影は自然と重なり、夜は更けていった。 そうしてハロウィーンは毎年恒例行事となったのである。 何とかハロウィーン前にUP出来ました!!!!ちょっとぎりぎりですが、まあ、その辺はご愛嬌という事で。うちのサイト(別館合わせて)の一番人気の「愛おしい人シリーズ」。次の連載開始までいくつか短編を上げますのでお楽しみに。 創作目次へ |