本編が終わった後の事になりますので、本編を読み終えた方のみお読みください。かげろう 番外編2 (補足)一企業の社長が自殺したからといって世間が騒ぐのは精々数日。 「馬鹿なことを。」 高層ビルの一室で階下を眺めながら一条越司は嗤う。 もともと、いくら義母兄弟だからといって助けるつもりなどさらさら無かった。自分を脅かす可能性は江木の場合能力面でないに等しかったが、それでも敵となる可能性のある者はいないほうがいい。 一応助けた形を取っておかないと後々自分の禍根となる可能性があったので警察に圧力を掛けたに過ぎない。 だが、しかし。 無能な異母兄弟だと常々思っていたが少しは役に立ってくれた。 一条越司はみやこの“処分”を考えていたので。 ついでに本人も自ら消えてくれた上に江木がみやこを殺したという証拠も残していない。 本人に知られない様に付けていた盗聴器が全てを教えてくれたので一条越司は至極機嫌が良かった。 扉を叩く音がしたので入室を促すと、自分の秘書が入ってきて書類をマホガニーのデスクに載せる。 「こちらの採決をお願いいたします。」 「今日の予定は?」 「30分後に会議、11時から山本商事との会食、午後は支社の視察が入っております。」 当然その他にも仕事はあり、移動中に書類仕事は済ませてしまう。 一条越司は一族の中でも飛びぬけて優秀なのでその分他の人間よりも仕事が多い。 ただ、副社長の一条章弘はその上を行っている。 天性の商才と恐ろしい程回る頭脳、瞬時に下す判断力は右に出る者が居ないと言われる程だ。 その一条章弘を押しのけて自分が一族の時期総帥の座を掴もうとするには手段を選んでなどいられない。 既に独自の情報網と力、裏との繋がりを得ている。 そうして、手駒が知りすぎた場合は消えるのだ。 目の前に居る童顔の秘書も“知りすぎた”人間なのだが、彼を行方不明にするつもりは無い。 「何か。」 一切表情の無い顔を向けて、沈黙の間見つめ続けられた訳を多可人は問う。 「お前は笑わなくなったな。」 それ所か何を考えているのかさえ分からない程に。 出会った頃は声のトーンも一定では無く、感情が表れ、顔と声で何を考えているのか一目瞭然な程だった。 そうして色々な種類の笑みも見せていた。 それが今は顔の筋肉が固まってしまっているかの様に見える。 ベッドでの顔でさえも感情を表すのはまれとなってしまい、そのあまりにもの変容ぶりに、そうなってから既に数年経過しているにも関わらず今だに困惑を隠せない。 『それでも愛している・・・・でも、君が要らないと言った私を私は要らない。』 江木が飛び降りる寸前に呟いた独り言を思い出す。 己さえも滅ぼす恋に溺れた異母兄弟を無様に思う。 江木は一条越司を憎く思っていたから弱みを握る為に恋人となる男に近づいた。にも関わらず熱烈と言っていいほど愛し、そして自分の腕の中に居て欲しいが為に自らの手さえも汚した。 一条越司の力を借りてでも恋人を自分の下に留めて置きたいと必死だった愚かな男。 愚かだと思いつつも、江木は啓一が微笑んでくれるなら何でもする程に愛情を隠しもしなかった事を少しだけ羨ましく思う。 一条越司自身が僅かに関心を寄せる相手は既に笑わなくなって久しいのだから。 始めは“貸し出し”ていたが今は純粋に秘書としての仕事しかさせていない。 だが、周りに誰か居る時も、二人きりの時も目の前の秘書は決して笑う事は無く、何をしても喜ばなくなっていた。 一条越司は秘書を名前で呼ぶ。 「多可人。」 「はい。」 大人しく寄って来た体をそのまま自分の腕に閉じ込め、顎を支えて深く口付けをする。 その熱さは確かに人であると思えるのに、目を開ければ僅かに瞳は潤んで快楽を伝えているのにそれだけだ。 それを内心苛立たしく感じて、唇を離してから多可人の服を乱す。 ネクタイを解きベルトを外して秘所を解して慌しく体を繋げる。 その間も眉を官能か抵抗か分からないが、顰めるだけで何一つ言う訳でもない。 さすがに繋げた時は小さく声を上げたが。 それでも、その小さい声を上げる姿を見聞きする事で相手の中の何かを掴みたいという気持ちに駆られて体を動かす。 殆どの時間を共にしているので自分以外の者との“交渉”している事を知っているにも関わらず嫉妬さえも寄越さない多可人はただ只管に従うだけだ。 自分の私見などいう事も無く傍に居るだけ。 それに疑問も不満も無かったはずなのに江木の行動と態度を観察した結果、態度と口には出さずとも多可人の様子を逐一観察する様になってしまっていた。 背を向けさせた状態なので達しても顔は見えない。 だが、薄い膜越しに放ったそれに体が僅かに震えるのは分かった。 溜息を吐く背中は何も語らず、だが少なくともその震えは一条が齎したもので。 手早く自分の始末をしている間に多可人はゆっくりとした動作で立ち上がり目の前で自らの始末をする。 そこにはかとない色香がただよってはいたが、本人の顔は普段と何ら変わりないものだった。 常備しているらしいポケットティッシュをスーツのポケットに仕舞い服の乱れを整えると情事の残り香すら消してしまう。 「専務、会議のお時間です。」 淡々とした口調には心情や言葉など挟む余地は無い。 「ああ。」 鏡をみずとも服装を完璧にととのえられる一条は最後にネクタイを調える。其処で多可人に目を遣るとネクタイが僅かに乱れている事に気付いて手を伸ばした。 触れられる前に気付いた多可人は自分で軽く整えてからドアを開け、背中を斜め35度に折って一条越司を促す。 僅かに上げた手は宙に浮いたがそれを気取られる事の無い様即座に降ろして歩き出した。 一条越司には感傷に浸っている暇など無い。 会議室には既に殆どの面々が揃っている。 穏やかで優しげな微笑を持つ、だがその内心は野心と残虐に溢れた男は殆どの人間が気づく事の無い程完璧な仮面を被り、微笑を浮かべながら席に着いた。 目次へ |