かげろう 番外編(補足)

BLではありませんのでご注意を。+かげろう本編終了後の話ですので本編を読まれた方のみお読みください。





 江島は刑事の前に座ってお茶を一口口に含む。

 罪を犯した加害者だというのに目の前の刑事はごく普通の態度で接してくるのが不思議だった。

 始めに居た刑事達の中には怒鳴りつける者も居たのに、途中からこの30代と見える刑事は不思議と笑みさえ見せる。

 今日も調書を取る為というよりは江島の心境を知りたいように思えた。

「このお茶、今までのとは違って美味しいですね。」

「そうか。俺の妹が送ってくれたものなんだ。」

 自慢げに笑う刑事に江島は微笑む。

「私物を取り調べの相手に出して良いのですか?」

「いいだろうよ。」

 笑って自分もお茶を飲む。

「が、俺にはこの美味い不味いはあまりわからない。」

「そうですか?」

「育ちの違いかねぇ。」

 呟きに首を振って、だが詳しい事は言わない。

「あんたの親御さん、面会にすら来ないな。来るのはそのみやこさんとやらの弟の友人だけ。」

「俺は希薄な付き合いしかしませんでしたから。」

「そっか。それで、そこまでお前が惚れたみやこさんていうのはどんな女なんだ?」

 手持ち無沙汰にしている手は多分煙草を探しているのだろうが、気を使って吸わないらしい。

 煙草の煙はあまり好きでは無いので黙っている事にする。

「そうですね。姐御肌で、弟大好きなかっこいい人です。でも恋愛するとその人に対してとても一途で。」

「そっか。」

「ただ、選ぶ相手が悪いという欠点がありました。」

「男運が悪いのか?」

「そうでしょうね。相手は妙にプライドの高い相手が多かったので、みやこに対して真剣な感情を持ってもそれを伝えない人ばかりで。それで泣く事も多かったです。逆に好きになった相手には優柔不断にならずにきっぱりと諦めさせる事の出来る人で。」

「お前は言った事あるのか?」

「ええ。大学の時と一ヶ月程前にどちらも玉砕でしたが、頼み込んで友人の位置に居続けましたよ。」

 過去を思い出すと自分の滑稽さに笑える気がするが、この現在の状況はきっとどんな事をしても変えられる事は無かっただろう。強いて言うなら自分が広川を刺す事は避けられたのだろうが。

「みやこは綺麗な人でした。誰よりも。」

「そうか。」

 刑事は加害者と被害者の事をかんがみて、検事が情状酌量の余地があるだろうと言っていたのを思い出す。

 それでも一旦犯罪者となってしまえば今後の人生は終わってしまったようなものだ。

 だが、それを全て承知でこの男は実行したのだろう、と思う。

 人が羨むエリート人生と知り合い家族その他全てを捨ててでも。

 江島は刑事に目を向けると、ふ、と笑む。

「どうした?」

「刑事さんの、それ。」

 刑事は江島の視線を辿り、自分を見ると其処には携帯ストラップが。

「ああ、これか。姪っ子がくれたんだよ。」

 有名なキャラクターものだが、強面の男がするものではない。

「みやこが、好きだったんですよ。それ。」

 その笑みはとても美しく、包み込むような優しさに溢れていて。

「・・・・・どうして、その、みやこさんの通夜の日に薔薇の花束を持っていたんだ?」

 秘かにダビングされていたというホテルのロビー風景が映っていたビデオには江島が大きな薔薇の花束を持っているのが写っていた。

 そして、通夜の夜にも同じように花束を抱えて駅前に一人立っていたらしい。

「その日、みやこに来て欲しいとメールを入れたんです。ホテルで会った次の日に。」

 その時既にみやこは河岸の人となっていたのだが、返信されないメールに何も言わずに待っていたのだろう。

「でも、その時、どこかで予感がありました。ゆっくりと時計の針が動くのを眺めながら、考えていました。」

 何を、かは愚問というものだ。

「広川に殺意を抱いていたのか?」

 いいえ、と江島は首を振る。

「どうして殺す必要性があるのですか。・・・・ただ、みやこの苦しみを知ってほしかった。同じかそれ以上の苦しみを体感して欲しかった。それだけです。」

 それだけなんですよ。

 呟いて、何処か宙を見る瞳は既に現実世界を見ていない様な気がした。





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