あるコンビニの夜の出来事





 夜に営業している店を多く持つ瑞樹が事務所を出るのは大体午前1〜3時になる事が多い。

 そうして、冬になると帰り道に必ず寄る所がある。

 今日もその場所に安藤が運転している車が止まると瑞樹は颯爽として降り立ち、店の中に入った。

 甲高い機械音と共に疲れの滲んだ男性の声が響く。

「いらっしゃいませ〜。」

 だがその声の主は現れた人物に目を見開いた。

 それも当然の事。

 恐れを抱く程の美貌の持ち主の瑞樹と柔らかい笑みを浮かべて隠し切れない艶を放つ安藤の二人は素人目に見ても高級な素材を使ったスーツをその身に纏っており、コンビニという場所が合わない。

 そんな男性店員の驚愕をよそに瑞樹は籠を安藤に持たせて次々と商品を入れていく。

「これ、美味しそうに見えないか?」

「見えません。こんなものを買って帰ったら日向の眉間に皺が寄りますよ。」

 レンジで暖めるハンバーガーの照り焼きを示す瑞樹に安藤の首が横に振る。

 とりあえずそれは諦めておにぎり数種類とちくわ、飲み物を籠に入れるとレジに来た。

 そうしてレジ横に置かれた蒸し器とおでんに目を輝かせてから笑みを作る。

 かなりの威力を持つその笑みに男性店員は崩れそうになるが、その期待に満ちた瞳を見ると倒れては駄目だと思って懸命に平静を装う。

「おでん全種類を5つずつと玉子とこんにゃくは2つ多く入れてください。それと肉まんのを全種類全部。・・・・・蒸してない種類は売ってくれないのですか?」

 蒸し器の中の肉まんは肉まん、豚まん、ピザまん、角煮まんのみで他の種類は入れていない。

「あ、はい。また今度」

 断りかけた店員の言葉を瑞樹が真剣な顔で遮る。

「凍っていても・・・・いや、寧ろ凍っているのを下さい。この、特製豚まんとプリンまんとキャラメルまん、それから角煮まんを各10個ずつ!」

「瑞樹、買いすぎです。」

「でも凍っているならいいじゃないか。日向に蒸してもらう。あとは冷凍庫にいれておけばいつでも食べられるだろう。」

 うん、と嬉しげに頷く美貌の主に安藤は頷くしかない。

「あ、やっぱり20個ずつ・・・」

 嬉々として注文する瑞樹に安藤の眉間に皺が寄る。

 瑞樹程ではないにしても十分美しい安藤がそれをすると迫力があった。

「瑞樹。」

 すると美しい主は僅かに俯いた後真剣な表情で安藤を見た後はっきりと言い放つ。

「新作着てもいい。写真も許可する。」

「すみません。各30個ずつ。」

 即答だった。

「え・・・少々お待ちください。」

 店員はすぐに奥に行ってから肉まんの種類を確かめる。

 今日始まったばかりだったので種類も数も十分にあった。

 後で発注を書けなければならないが、それは自分の仕事では無いので問題ないだろうと思った店員はだが、ある問題に気づく。

 こんな大量のものを入れる袋がない。

 しかも凍っているのだ。

 急いで戻ってそれを言うと瑞樹は笑顔でコンビニの袋でかまわないと言う。

 店員は各30個ずつ詰めたそれを用意するとそれとはまた別に蒸しあがっている特製肉まんと角煮まんを頼んでおでんを待つ。

 顔には至福と書かれており、実に楽しげだ。

「あの、待っている間これ外で食べてきてもいいですか?」

 示したのは角煮まん。

 どうせ店内だし、全てを袋に入れ終えるには時間がかかるし、掃除をするのは自分なのだからと思った店員は淡々とした口調を装って言う。

「ここでもいいですよ。」

 高額御買い上げなのだからこれ位いいだろうと思って言うと瑞樹はさっそく角煮まんを頬張る。

「ん〜。この甘くて柔らかい角煮ともちもちしたのが堪らない!」

 頬をそめてうっとりする様子に見惚れそうになるが、それを懸命に、理性を総動員した上に、おでんを待つこの人の為にという意思の力で手を動かす。

「あ〜美味しかった。」

 幸せそうに微笑む瑞樹はこの上も無く美しかった。

 その横で安藤は携帯でメールを送る。

「誰に送ったんだ?」

「日向と三河にです。キッチンは彼等の領域ですから言っておかないと。」

 大量の冷凍にくまんを目線で示すと瑞樹は笑う。

「こんなの直ぐになくなるだろう。」

「そうですけどとりあえず置いておく場所は必要ですし、日向には蒸し器の準備をしていてもらわないと。」

「竹で作られたものじゃなくて、金属ので十分だからな?」

「それじゃあ日向は納得しません。それにこの間通販で購入した長崎の角煮まんはどうするのですか。」

「食べる。むしろ足らないからまた買う。」

「・・・・・・・・・今は東京のデパ地下でも販売していますから。」

 店員はこの会話を脳に焼きつく様にして聞きながらも手は義務的におでんを詰める為に動かす。

 そうして大荷物となったそれらの支払いを終えた瑞樹と安藤は某国産高級車に乗って去っていく。

 男とはいえ(男装の麗人でなければスーツを着ていたのでおそらく男だろう。声では今一判別がつかなかった。)、あれほど美しい人間など直に視界に入れる事は無いだろう経験をして店員は暫く呆然と立ち尽くしていた。





 翌日この事を店長とその奥さん、長年勤めているパートのおばさんに話した男は呆れられた。

「なんでまとめて売っちゃうのよ。売ったら暫く来店しなくなるでしょう?」

 実は昨日の美貌の人は知る人ぞ知る有名人だったらしい。

 冬の季節、肉まんが始まる季節になるとこのコンビニに立ち寄り買って行くのだ。

 その為にこれからの季節の夜間バイトは異様に人気になり、シフトを確保するのに一苦労する程。

 昨日はたまたま彼等の存在を知っている古参の人々が皆外せない用事があったので偶々詳細を知らない男にシフトが回ってきたらしい。

「でも初日に来るなんて・・・・いつもは2,3日してから来るのに。迂闊だったわ。」

「本当に。」

 深く頷く二人を固まって見ていた男はパートのおばさんから苦笑される。

「あんた、この事他のバイトの人に言わない方がいいわよ。恨まれるからね。」

 その恨みとやらをよくわかっていない男は頷いたが、数日するとそれを実感するようになった。

 異様に、それこそ今から合コンに行くのかと言うほどばっちりと化粧をした同世代の大学生の苛立ちや、挙動不審気味の男のバイトの話を耳にしたので。

 だが男ももう一度見たい一心で、空いた隙に頑張って夜中のシフト希望を出すのだった。




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