久しぶりの・・・譲はふと目に留まったそこにあ、と小さく声を上げた。 「ちょっと止まってください。」 指差した先に木戸は黙って駐車場に車をいれて、宇治は譲が車を降りる介添えをする。 「珍しいですね。」 宇治が横から扉を開けてくれ、背後から木戸が続く。 極々普通の大手チェーンのコンビニ。 「うん。本当に久しぶりです。」 椎原と逢う前に働いていた時は頻繁に利用していたのに、今は歩かないという事もあり全く行かないようになっていた。 歩みが遅く、出来るだけ滑らかに歩いていても足が不自由だと分かってしまう譲に髪を染めた学生らしき客が迷惑そうな顔をする。 こんな顔を向けられる事は普段はあまりない。 数店舗のオーナーであり、椎原の情人にそんな視線を向ける馬鹿はそういないからだ。 それにこの傷は椎原を庇って出来たもの。 逆に褒められたりもした程だったのだが、一般人からみればただの足の不自由な存在にすぎない。 木戸が背後で強面を歪めて威嚇していたのでそれを手で制して、飲み物のコーナーへと行く。 「久しぶりに珈琲牛乳が飲みたくなったので。」 「言っていただければ買ってまいりましたのに。」 宇治が柔らかい声で言うと譲は笑う。 「久しぶりに行ってみたくなったんです。」 ついでにおにぎりも買う。 「ああ、僕が利用していた時はこんなに種類が無かったなぁ。宇治さんはよく利用するんですか?」 「自分もあまり利用しません。ですが・・・そういえば瑞樹さんが冬のコンビニが好きだと安藤さんが言っていました。」 譲は頷いてカウンターを指差す。 「僕も聞いたことあります。コンビニの肉まんが好きだと言っていました。それで。」 宇治は頷いてから蒸し器の前へと行く。 「どれになさいますか?」 とりあえず肉まん、特製肉まん、カレーまん、あんまんがあった。 「じゃあ、特製肉まんにします。木戸さんと宇治さんは何か食べますか?」 一緒に食べたいと思っている事を察した宇治と木戸はそれぞれ肉まんとあんまんを選ぶ。 レジの男性店員は特に後ろに立っている、その筋の人間だと聡いものなら分かるオーラを発している木戸に怯えながらレジを打つ。 「じゃあ、それでお願いします。」 「は、はい!」 声が裏返っている。 「あの、大丈夫ですか?」 心配そうな譲の声に一瞬にして和まされた店員はぎこちなくだが笑って頷き手早く商品を袋に詰めた。 「ありがとうございました。」 入ってきたのと同じ動作で外に出てから車に乗り込む。 車が動き出し、一口食べる。 「前の様に美味しいとは思えませんけど、懐かしい様な気がします。」 冬場の仕事帰り、財布の中身と相談してから買った肉まんを頬張りながら好きだった。 豊かとは言えないけれど、あの時は自由に解き放たれた気がして楽しかったと思える。 「後悔しておいでですか?」 まだ足が不自由で無く、ひとりで自由に歩けた数年前。 譲は宇治の言葉に微笑んで首を横に振る。 「あの時間が無ければ今の僕はいなかったし、雅伸さんと出会えなかったのだろうなと思うと懐かしいだけです。僕は今が一番幸せです。雅伸さんがいて、大事な人たちが沢山いて。」 心底幸せそうに微笑む譲に宇治は小さく安堵の溜息を吐いてから前を見た。 「これ、美味しいですね。」 味、というよりはこの場で食べている事実が。 「そうですね。」 温かい空気に包まれて車は譲が好み住む、椎原が作った鳥籠の中へと戻っていった。 戻る |