安藤栄の週に一度の愉しみ

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 瀬戸瑞樹の朝は遅い。

 クラブやディナーの予約専門レストラン、隠れ家的な和食処などを経営しているので夜が遅いために朝が遅くなる。

 だがそれは全て朝に弱い為に午前中精力的に働かなくていいように彼自身がそういう店にしているのだから当然といえば当然なのだ。

 だからというか、やはりと言うべきか、朝に弱いために一人では起きられないので本人は何時に起きたのか覚えていない程で。

 不自由な身だった時は月に3,4度目覚まし時計を買い換える事で一人でも何とかなっていたのだが、此処ボレロで寝起きする様になってからはそれら全て安藤の管理となっている。

「さあ、瑞樹お早う御座います。」

 喜々としてカーテンを一気に開けると瑞樹が眉を寄せて布団の中に潜り込む。

 それに対して安藤は笑顔のまま布団を剥ぐと軽々と瑞樹を抱えて備え付けのバスルームへと運んだ。

 既に浴槽はお湯で満たされており、その中に服を脱がせてゆっくりと瑞樹を浸す。ちなみにお湯の温度は37.5度を保っている。半身浴に最適な温度なので長湯しても大丈夫なのだ。

 頭だけを出した状態でレモングラスを浮かべた浴槽に入れるが、未だに目を閉じたままである。

 だがそれはいつもの事なので安藤は気にもせずにシャワーで髪を濡らして行く。髪を洗うというよりマッサージをしているような指の込め方で丁寧に洗う。

 洗い終えるとゆっくりと泡を流して特別に配合させたヘアパックを丹念に塗り込めて行く。

 この時の安藤の表情は恍惚としており、かなり怪しい人なのだがされている本人は夢の中で他の人間もその姿を見たことが無いので誰も知る事が無い。

「今日も綺麗ですよ、瑞樹。」

 髪をタオルで覆い、体もぬか袋で全身綺麗に洗い上げてから髪を濯ぐ。そうして全てを終えると温もった体を抱えてから脱衣所の後ろのドアを開けると診察台の様なものが鎮座しており、その上に瑞樹をうつぶせ状態で寝かせる。

 部屋の中は適温が保たれており、診察台もといエステの為の寝台には大判のタオルが敷かれているのだが、そのタオルも安藤が瑞樹の肌を傷つけない様にとあちこち探して見つけ出した物なのだ。

 傍らに用意しておいたタオルで下半身を隠してからマッサージオイルで全身マッサージを開始。ちなみにやはりというかこのオイルも瑞樹仕様で配合した特別なもの。

 正真正銘全身をマッサージした後はタオルで余分なオイルを拭い、続いて軽く顔パックしてから爪の手入れに入る。

 以外と寝汚い瑞樹は未だに夢の中だ。

 だが、安藤は毎朝(というよりも常は昼に近い時間に起こすのだが、週に一度はこういう事をする為に早く起こす。)きちんと起こす。

 そうすると微かでも瑞樹の記憶に残り後々本人から苦情を言われないのである。

 さて、爪の手入れが終わると軽くハンドマッサージを施して顔のパックを取り瑞樹の美貌を拝んで微笑みながらスキンケアを最後の仕上げにさっとして髪を乾かす。

 勿論ドライヤーもマイナスイオン、髪に艶が出るという日本製ものを使用しているのだがそんな事はされている本人は全く知らない事。

 ちなみに安藤が瑞樹を起こしてから今までの時間経過は2時間15分。

 ここまでされてもまだ寝ている瑞樹を安藤は再び抱えて寝室に戻るとソファーに凭れさせて、やはり用意していたシャツを手にして着せる。

 そこで漸く僅かに瞼を上げた瑞樹に安藤は最上の笑みを浮かべてもう一度挨拶をした。

「おはようございます瑞樹。」

「・・・・・ん。おはよう。」

 瞼を擦りながらされるがままの瑞樹の髪が陽に反射して輝いており、真珠の肌も共に輝きを放っていた。

 その様子はハッキリ言って壮絶な程可愛らしく美しく神にも勝ると安藤は毎回、心底思っている。

 そしてこんなとても犯罪的な可愛らしさを見る事が出来るのは安藤のみだ。

 安藤以外でも美しさは拝顔する事も可能だが、こんな無防備な顔は絶対に、絶対に!!!見る事は適わない。

 瑞樹が安藤を心底信頼し、頼りに思い尚且つ年月の長さの賜物なのだが、それ以上に瑞樹の朝の手伝いを彼は滅多な事では譲らない。

 彼の朝の手伝いをしたいと思っている人間はそれこそ掃いて捨てる程なのだ。それを安藤は全て排除している。

 稀に瑞樹の用事で出張しなければならない時などは、本人が目覚まし時計を3,4個使って自ら起きて用意をしているようだ。

「今日はこれを着て下さいね。」

 下着とスラックスを履いている間に安藤は珈琲を淹れる。

 当然、この部屋に入る前に日向に内線電話を使って朝食を頼んでいるのでセッティングも軽くしてからその席に瑞樹を促す。

 椅子を引かれて座り、朝食を食べる瑞樹の傍らで給仕をしながら本日の予定を述べていく。

 本日の朝食はサーモンサンド(ノルウェー産)にグレープフルーツ。

 全てを食べ終えて珈琲をもう一杯飲む頃には瑞樹も完全に目が覚めている。

「あ、安藤。今日はお客さんが来るからゲストルームを空けておいてくれ。」

 聞いていなかった事に安藤の眉は僅かに上がるが、一応頷く。

「わかりました。お客様のお名前は?」

「椎原。」

 今度ははっきりと眉間に皺が寄る。

「またですか。あの方の所は無能しか居ないのでしょうかね。」

 皮肉を言う安藤に瑞樹は苦笑しながら否定した。

「いや、今日は譲さんが来るんだよ。」

 肩より若干長めの髪を揺らしながら瑞樹は笑う。

「本当に椎原の事が嫌いなんだな。でも譲さんは気にいっているんだろう?」

 瑞樹の笑みに安藤は溜息を吐いて、皿を片付けながら頷く。

「ええ。ああいう純粋そうな方は始めて見ますからね。物珍しいし、性格が天然な人ですから楽しくて。」

「だったらいいじゃないか。」

「ええ、まあ。」

「今日は早めに行くからカクテルを作っていてくれ。」

「・・・・・・・瑞樹、カクテルなら家でも作れるでしょう?いつまであの店のバーテンをしていればいいのでしょうね。私の一番の仕事は貴方の秘書ですよ?」

 偶に言われる愚痴に瑞樹は笑う。

「お前以上に上手いカクテルを作る人間は居ないからな。あの店は商談にも使うから、機転が利いて金をねこばばしないカクテルの上手い雇われオーナーなんて早々見つからないだろう?お前が見つけてくるならそれでいいけど?」

 そしていつもの様に言われると安藤は引き下がるしかない。

 瑞樹があの店を気に入っており、自分と同格かそれ以上に瑞樹の意図を汲み店を経営出来る人間が居るとは思えないからだ。

 探してはいるのだが、未だに見つかっていない。

「・・・正直に言うと私は貴方の為に作りたいだけなのですけどね。」

 仕方無い、といつも思ってしまう。この人の為になるのなら。

 あの場所にバーを作りたいと言い出したのはふた昔も前の事。それを聞いてからカクテルの勉強をしだしたのだ。

 客の少ない、だが居心地の良い店。

 瑞樹の為の店。

 だから仕方無い。

 そう自分に言う。

 だが、いざ代わりの人間が見つかったとしてもあのカウンターは譲らないような気がしてしまう。

「お前もあの店を気に入っているのだから諦めろ。」

 それも事実。

 だが、常に瑞樹の傍に居たいという気持ちの方が大きいだけで。

「体が二つあればいいのにと思いますよ。」

「・・・・あったらあったでもう一人のお前と俺の傍の奪い合いをしそうだけどな。」

 二人の時は相変わらず口の悪い瑞樹が幼い顔で笑う。

 安藤も笑って同意しながら、晴れた空を見上げる。

 自分達には昼や太陽は似合わない。

 だからあの店は居心地が良い。

 ノアール。

 黒と言う意味の店。

 闇に浸った自分達には太陽は眩し過ぎる。

 深海は暗くて怖い。

 だが其処にも愉しみ方はあるのだし、どうせ棲まねばならないのなら楽しくやっていきたい。

 事実自分達は今の状況を楽しんでいるのだ。

「そうですね。しばらくはこのままで。」

 望む望まずに関わらず変化は訪れる。

 それまではどうかこのままで。

 祈りでは無く心に囁く。

「・・・何処に行っても変わらないさ。共に居る限りは。」

 何でも無い事の様に微笑みながら言い放ち、ネクタイを締める瑞樹に寄って彼に代わりネクタイを締める。

 ジャケットを羽織るのを手伝ってから自分もジャケットを羽織り片付けた食器をワゴンに載せて部屋の外に出しておく。

「では、夜まで真面目に仕事しましょうか。」

「そうだな。」

 二人とも鞄を片手に共に歩きながら互いを感じ、それを幸福に思う。

 それが日常的な事にも関わらず毎日そう思うのだ。

「瑞樹。来週も肌の手入れをさせてくださいね。」

「・・・・・毎日しているじゃないか。」

「週一の手入れは特別仕様なんですよ。」

 物凄く力を込めて力説すれば溜息を吐かれた。

「まあ、寝ているから分からないし。」

 どうぞお好きに、と妙に投げやりな言葉と共に階下に辿り着き靴を履いてから足早に玄関の前に行く。

 ドアを開けると既に車は用意されており、三河が玄関前を掃除していた。

「いってらっしゃいませ。」

 笑顔で言われる言葉に笑みで返してから安藤は運転席に、瑞樹は後部座席に乗り込む。

 瑞樹は書類を鞄から出してペン片手にチェックを入れ出す。

「今日は早めに終わらせて飲むぞ。」

 笑う瑞樹の頷いて、安藤は車を走らせた。   






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